「ごめんね。遙汰くんが、その、昔、彼女とったっていうのが先生、引っ掛かってるみたいで、家に遙汰くんがいる間だけは私を彼女として、紹介したくなかったみたいで……」

そう言うと、ばっかじゃねーのと遙汰くんは叫んだ。冷たい空気に混ざってどこまでも伸びていきそうな通った声だった。歩道の端を歩いていた人も驚いてこっちを見る。

「兄貴の女、全部とろうとするほど、ゆがんだ感情もってないっつうの。自意識過剰か。ちょっと利口な兄貴に何も持ってない弟。せめて女だけでも奪ってやるなんてそんなことするわけないっつうの。これだから、空想好きは困るんだよ!」

言い切ると、私の方を見て、微笑んだ。

「なんてね。さっきのなつめちゃんの真似。あー、すっきりした」

今度はお腹を抱えて笑い出すから、つられて笑ってしまった。

「心臓に悪いよ、遙汰くん。びっくりした……ごめんね。さっきは言い過ぎた」

「ううん。言ってくれて良かった。今日、思い出したくないことも、思い出して良かったよ。ねえ、なつめちゃん、俺、絶対、兄貴の好きな人は取らないよ。みじめで哀しくなるから。もうあんな思いしたくないんだ」

「うん」

頷くだけでいいと思った。言葉は不思議ともう必要ないもののように感じて、ようやく顔を上げて、空をみた。澄んでいるのに、生憎の曇り空で月は見えない。

先生を思い浮かべると、寂しさが募った。