編集部に戻ると「緊張した?」と沙弥子さんは訊いた。

「えっ?あっ、はい」

「かっこよかったでしょ?」

「ええ。まあ、そうなんでしょうね」

「頑張って口説き落としなね」

「く……口説くって、先生に好意はないですよ?」

「なに言ってんの。だから、顔出ししてくださいって口説くってことでしょ。なに?一目ぼれでもした?もしかして体張る気か?」と肘で小突く。

「んなわけないじゃないですか。弱味握りますよ」

「ははっ。その手もあったか。まあ、期待してる」

そこで沙弥子さんが怪訝そうな顔で「……あれ?原稿は?」と訊いた。

「えっ?」

私の手には、何もなかった。

「なくした?」

「まさか」

そこで思い出した。さっきパンプスを拾うとき、先生が持ってくれていたんだって。

「先生です。さっき一度、先生に原稿を預かってもらってたんで。すみません、今から確認します」

慌てて電話をしても、繋がらなかった。

「仕事中かな。まあ明日でも間に合うから。箱崎さんからあと連絡とって原稿もらってきて。あたしこれから、打ち合わせあるから、お願い。明日までだからね」と念を押された。

またくだらない凡ミスを犯してしまった。先生も気付かなかったのかな。