「本当はこんなこと気にしなくていいとは分かってるんだけど」
そこで言葉が止まる。誰かを思い出してるのかもしれない。いつの彼女のことなんだろう。それ程までに何か心に引っかかることがあるのかな。そう思うと、それ以上、嫌だとは言えなかった。
それ以上に、昔のことを思い出してほしくなかった。だから聞き分けのいい子のように「はい」と頷いた。
「ありがと」と抱きしめてくれると、ただ安心してしまう。
それから、夕飯を彼一人に任せてしまうのは、さすがに悪い気がして先生に伝えた。
「あの、やっぱり、ご飯、私が作ってきます」
「いいよ。好きでやってるんだから。ほっとけば」
「それは、先生は自分の弟だからいいでしょうけど。私は初対面だし」
ゆくゆくはもしかしたら義理の弟さんになる可能性だってなんて、先走りすぎかもしれないけど、いろいろ考えてしまうのだ。
「だからいいって」
「だから代わりに私が作るって言おうかなと」
コンコンとノックされて、互いにドアに顔を向けた。
「なつめちゃん、苦手なものある?」と遥汰くんが顔を出した。
「え? と……特に」
「良かった。唐揚げ作るつもりだった?ポテトサラダとか?」
「あ、はい」
「オッケー」
先生は会話を割るように唐突に「ちょっと外で打ち合わせしてくる」と、強引に私を外に連れ出した。
「夕食には、ちゃんと帰ってくるんだよー」と手を振って見送る。足元にはミケランジェロがいた。



