エレベーターに乗り込むと二人きりになる。

「あ、あの」

「はい?」

冷めた声で返す。沙弥子さんがいたときと全然違う態度に怖くなる。

「この前は」

「この前って、僕たち初対面ですよね」

「……」

「あ、どこかで見たことあるような気がしたら、この前ナンパに間違えられましたね。あのときは人違いをして声をかけてしまって、すみません。全然別人でした」

そう言い切るから、ますます何も言えなくなる。

「……いえ。こちらこそ、すみません。まさか作家の先生だとは思いませんでした」と、とりあえず、あのことについては謝罪した。

「ええ。兼業でやってるんです」

「大変ですね」と、言うと「嫌いでやってたらそうでしょうね」とあっさり返された。気まずい沈黙が続くと、やっとドアが開いた。

先生のあとに続いて出ようとした瞬間、視界が一段下がった。久しぶりに履いたパンプスが溝にはまり、転びそうになった。

「大丈夫?」

「大丈夫です」かろうじて言えたけど、無理して履いたパンプスがシンデレラになっていた。ぷっと先生は顔をそむけて噴き出した。さっきまで他人行儀だったのに、急に距離が縮まるような仕草だった。

「これ、持ってますよ」と茶封筒を手に取る。恥ずかしいけど、言葉に甘えてパンプスを履いた。

「それでは、また連絡します」

先生の背中を見送って、エレベーターに乗る。さっき二人で乗ったものとは思えないくらい開放的な気持ちになった。