「おい、那菜(なな)」


またか。


「那菜」

「……」

「聞こえてんだろ?貸せよ」



私はため息をつくと筆箱を開ける。


そして、いつもの『十夜(とおや)セット』を取り出す。


シャーペン、消しゴム、定規に赤ペン。



それらをまとめて、隣の席の十夜に手渡す。


「俺を待たせんな。さっさと渡せよ」

「……えっらそうに!だいたいなんで毎日筆箱持ってこないのよ!」


授業中だけど、声のトーンがつい高くなってしまう。


「持ってこなくても、おまえに借りればすむ話だし。いちいち持ってくんのめんどくせーからな」

「私は十夜のぶんまで持ってくんのめんどくさいんですけど」

「フフン」

「なにそれ!なにそのフフンって」

「嬉しいくせに」

「……!嬉しくなんてないっ!」



「コオーラァ!!立石十夜に、井吹那菜!!」

突然、先生の雷のような声が降ってくる。

「はいっ」

思わず返事をして立ち上がる。



みんながクスクスと笑っている。


「夫婦喧嘩は休み時間にやれ」

「………!」

隣の十夜を見ると、頬杖をついてニヤニヤと笑っている。



コイツ、十夜は学年一のモテ男。


もちろん私は、夫婦どころか彼女でさえない。

特別可愛いわけでも頭がいいわけでもない、こんな普通の私が彼女になんてなったら、『立石十夜ファンクラブ』が黙っていないだろう。


十夜だって、彼女はいないみたいだけど、私のことなんて何とも思ってない。


隣の席の、ただの友達。


高2のクラス替えでひとりぼっちになってしまった私に、初めて声をかけてくれたのが十夜だ。


感謝はしてる。


だけど、私はそれ以上を望んでしまう。


1年の頃から、噂では聞いていたモテ男。

そばで見ると、私なんかよりも綺麗な顔をしていて、格好いいし、口は悪いけど実は優しい。




私は、十夜が好きだ。