紅〜kurenai〜

「あんた誰?」


長身の黒男は当然中学生の俺よりも背丈が上で必然的に睨み上げる。


そんな俺を上から下まで舐めずり回す品定めするような見下しているような視線が気にくわない。


その居心地の悪い視線から逃れようとしたその時。



ニヤリと笑う黒男を視界の隅に入れたのを最後に、左頬に衝撃が走ったのと辺りにパシンと乾いた音が響いたのは同時だった。



ああ、俺殴られたんだ。


そう理解するのに多くの時間は必要なかった。


殆ど毎日喧嘩に明け暮れている俺からしたら今の母親の平手打ちなんざ猫パンチと同レベだ。


…ってぇ。

ヒリヒリする口端を触ってみれば俺の手を遠慮なく血が濡らした。

暴れてきた俺の口端にあった傷が再び開いてしまったらしく鉄の味が口内に広がる。


その、口内に広がる鉄の味の不味さに思わず顔をしかめてしまう。



「タケシさんになんて口の利き方してんのよ」



そんな俺を嘲笑うかのように見つめた母親の口からはタケシという黒男を庇う言葉が出てきた。


今まで生きてきた中で母親からも、勿論父親からも殴られた事がなかったが、母親から殴られたからって「今まで両親からも殴られた事なかったのに!」って言うような典型的なヒステリックを起こす質でもない。



むしろ、うるせえよぐらし位にしか思わない。


「汚ねえ手で触れんな」


口の端から流れ出る少しの血を右手の親指で拭いながら吐き捨てた俺の声は、俺自身が驚くほどの冷たさであり流石の母親も目に微かな恐怖を残しながら固まっていた。



そんな俺を見事だというように手を叩き笑ったのは完全に部外者であるタケシと呼ばれた黒ずくめの大男。



「お前いい目してるなあ〜。おい、由美。もう1人はどうした?」



ニタリ笑顔を見せながら全身をなめずりまわす視線に気持ち悪さから鳥肌が立つ。



そして尋ねられた母親はキョロキョロと辺りを探す。

目的のものがなかったのか視線を俺に定める。




「ねえ、もう1人は?」


訳のわからない言葉と共に。


「は?」


理解できていない俺に遠慮のない舌打ちが聞こえてくる。

思わず殴りたい衝動に駆られたが、どうにか堪えた。



「だからぁ!」



…堪えたというより、できなかったって言った方が正しいかもしれない。



「あんたの片割れよ!」


俺の片割れと言われてピンと来ないほど俺も愚かではないから頭ではああ、悠か。なんて考えているが身体にはあり得ないほどの速さで血が駆け回っている。


…もっとも最悪な状況になる事を恐れて。



「で、そのもう1人とコイツ、どっちがお前の言う悠麻なんだ?」



睨み合う俺ら親子の間に入るように声を発した黒男。



……この母親だからこそ次の言葉を想像することは出来るが、いくらこんな母親でもソレはないと心の何処かでは信じていたのかもしれない。


初めから、見捨てていれば。


情なんて、かけなれけば。



ドン底に堕ちることはなかった。