紅〜kurenai〜

帰りたくなくても足を進めればいずれはついてしまう自分の帰らなければいけない場所。


20メートルほど前に13年間も住んでいればさすがに見慣れてくるであろう建物が見えてきた。



「…」




…可笑しい。



静まり返っている周りはいつもと変わらない。


その静まり返った暗闇の中に不敵に灯る光。


光の原点は俺が行き着く目的地。



家に母さんがいる事は確かだから側から見たら不思議ではないと思われるが、俺の家系は不思議な話なんだ。


不思議というより、異変、か。



今で、どんなに俺らの帰りが遅かろうとあの人が24時以降に俺らの帰りを待っていた事は、一度もない。



暗闇の中、悠と2人で冷え切った家に帰るのが当たり前と化していた。


いや、それが普通だった。


父親は言うまでもなく仕事だ。



日付が変わってまでもよくやるなと息子の俺が感心するほど仕事人間だけどそんな父親を毛嫌いする事はなかった。


家に帰ってこないだけで毎日メールが届くし月に一度は電話がかかってくる。



その内容は全て俺の悠への謝罪と親ならぬ心配だった。


家に帰らないことへの謝罪。


そして育ち盛りの俺らの心情や友達関係、人間関係の心配。



そんなメールに俺も悠も毎回同じ内容を送り返してるのは息子としてどうなのか、たまに考えるがもうほとんど記憶に残っていない父とどうコミュニケーションを取ればいいのかわからないというのが現状だ。



そんなわりと複雑な家庭環境に自嘲するが、”新名”の名前に関わらず俺たちのやりたい事をやれと言ってくれる父を俺たちが嫌いになれるはずがない。




「新名の人間であるものがこんな時間まで何処をほっつき歩いていたのよ」




……事ある毎に”新名”を出すこの人とは違って嫌いになれるはずなんてないんだ。



『悠?蒼?ご飯できたわよ』


『今日は学校どうだったの?』


数ヶ月前までこの家に響いていたフワリとした優しい声と表情は今となっては夢物語だ。




「別に」



ひどく冷めた声で何の感情もなくこちらを睨むように見ている自分の母親を見て、コレが本性か、と妙に落ち着いている頭で判断する。



リビングの灯りがついているのにも関わらず何時も誰も起きていない中帰ってくる時よりもこの家は何処か生活感が無くとても冷え切っている。



数ヶ月前…下手したら崩れそうな積木を辛うじて保っていたような数日前までの微かな温かささえも伺えない。




そんな家の空気が俺の中でもう既に当たり前化されてきてしまっていることに自嘲しながら靴を脱ぎ、悠の着替えを取りに部屋に向かおうとしたが視界の隅に入ってきた見たことのない黒い靴が俺の行動を停止させた。



「由美、それが噂の自慢の息子か?」


それと同時にリビングのドアから玄関先の廊下に出てきた男。


由美って誰だ?と思ったが、ああ、と納得する。


そう言えば自分の母親の名前は由美という名前だったな、と。



4ヶ月前までは母親の前で必死に良い子を演じていたのにそれすらもしなくなった自分の変化に驚きを感じるがそうさせているのが目の前の自らの母親であるから仕方がない。



「ええ、そうよ」



今まで聞いたこともない母親の妖艶な声に今この状況を理解してしまう自分が怖い。


そして案の定、隣にやってきた長身の男を見上げる母親の顔は女だった。