紅〜kurenai〜

「おい」




いまだ私の前にいる彼は、さっきよりも強い口調で言葉を放つ。

普通の人だったら立っているのもやっとっていうくらいに彼の周りは緊張感がある。



”普通の人”ねぇ……



「何か用ですか?」


「手」


それだけ言う目の前の奴の目は私の左手首を見ていて。


ああ。


その視線を辿って自分の腕に視線を戻した時、彼が何を言いたいのか理解した。


「痛みはないんで大丈夫です」


さっき捕まえれたところが赤くなってる。



そんな私のことよりさっきの2人追いかけなくていいの?

そんな珍しくお人好しなことを思った私の心を読んだかのように、顔色一つ変えず目の前の奴は「俺が出るほどの奴らじゃない」とだけ言うと、男たちに掴まれていた私の手と逆の手を掴んでそのまま階段を降り始めた。


「離して」


咄嗟のことに少し吃驚して足がもつれたがそれを気にする事もなければ拒否の意を示してみも、奴の足は前を向いたまま止まることもない。



…ムカつく。


人の意見聞かないところも。傲慢なところも。

世に言う自己中って奴。


足のもつれが落ち着いたところで足を止めれば自然と奴の足も止まるけど、それと同時に舌打ちが聞こえた。


舌打ちしたいのはこっちだっつーの。


面倒臭そうに振り返り私を見る彼の目は「止まんじゃねえよ」とでも言うように目力だけで人1人殺れるんじゃないかというほどの殺気を帯びていた。


そんな目線を向けられているのに、恐怖で震え上がることもなければ固まることもく真っ向から射抜く視線を受け止める。


そんな私にほんの少し驚きの色をその目に宿した彼はポツリと呟く。


「何故だ…?」


何に対しての疑問なのか。


私は何となく…いや、完全に理解できていた。



さっきガラの悪い2人に連れて行かれそうになった時は抵抗することさえしなかったのに、仮にも一応助けてくれた人には抵抗したり。
”普通”の人なら失神するであろう威圧的な雰囲気を纏う彼の射抜くような視線さえも平然な顔で受け止めたり。


きっと彼が1番知りたいのは後者の方だ。


けど、そんな安々と答えを教えるほど私は優しくなんかない。


だから敢えて

「ただ、”貴方達”が嫌いなだけよ」


極上の笑顔で前者の答えを教えてあげた。


相手が一瞬怯んだ隙を突いて掴まれていた腕を振り払い来た道を戻って行った。




「……ぜってぇ捕まえてやる」


体育館裏の野原に行こうかと思ってたけどそのまま帰ることにした私は自分が去った後、彼の呟きが静かな廊下に溶け込んだの知ることはなかった。