「そんなことよりさ、慶さん。ビールちょうだい」
置かれた水を飲み干した悠が当たり前のようにビールを注文する。
オーナー…慶ちゃんに向かって。
苗字は不明。年齢も不明。家族構成も不明。
知ってるのは『慶』って名前とgreedって言うBARのオーナーをやってることくらい。
そしてそれと同様に向こうも俺らに関して知ってることといえば名前くらい。
強いて言うなら女嫌いってことも。
知らないことの方が圧倒的に多いのにお互い知ろうとしないし教えようともしない。
その深すぎず浅すぎずな関係が俺にとっては良かった。
だからこの関係にシックリきているのかもしれない。
そして、苗字年齢不詳の慶さんは
「未成年に出す酒はねえっつうの」
酒を頼もうとする俺たちに今日”も”同じ言葉を投げつける。
ヤバイ感じの顔してる割りには変なところで真面目らしい。
もっと他のところで真面目になって欲しいと赤の他人である俺が思うほどだから従業員の人たちの思いは相当なんだろう。
「とか言いつつ、自分は未成年の頃から酒もタバコもやってたんだろーが」
「俺は良いんだよ」
俺らがダメでこの人が良いという違いが全くわかんねえけど、ニヤニヤしてる顔がそろそろ本気でウザくなってきた。
まあ何言っても酒なんて出してくれないのはわかってんだけどめげずに注文する悠もなかなかだ。
「お前らが酒を飲むなんて100年早えよ」
「あと7年後には飲んでるけどな」
「え?」
「は?」
悠の御尤もな返答に驚愕の声を上げる慶さん。
そんな慶さんにこっちが驚きだわ。
「え、お前ら何歳?」
「13だけど–––」
「13…?!は、中1?!!!」
「「…るせぇ!」」
近くで叫ばれた俺と悠の耳がキーンとなる。
そんなに驚かれるかと思わなかったし、だいたいの年齢は知ってると思っていた。
「せめて高校かと思ってた…。
コレで中学とかお前ら将来有望だな」
「まあ、慶さんよりかはね」
「…蒼は元々毒舌だけど悠ってサラッと毒吐くよな」
それは俺もつくづく感じていたことだけど、本人は自覚ないみたいだ。
13歳の中1とバレた所で更に酒が飲める確率が低くなった。
飲みたい酒を出してもらえないのになんで毎日ここに足を運ぶのか。
店の雰囲気が気に入ったわけでもなく。
オーナーが変人だけど良い人だからってわけでもなく。
ただ単に、出される水がうまいから。
まあそれだけだ。
「13ってことはサクと同い年か」
俺らに向かってじゃなくて多分無意識。
店の入り口を愛おしそうに見つめながらポツリと慶さんの口から漏れた言葉が聞こえてしまった。
「…サクって?」
「俺の妹みたいなモンだ」
「へぇ〜」
「いくらお前らでも彼奴に手ぇ出したら容赦しねえぞ」
「そもそも知り合う機会がないでしょ」
「…それもそうだな」
悠と話してる慶さんはいつもと同じように見えるけど、さっきまで愛おしそうに扉を見つめていた目は酷く切なく哀しみに染まっていた。
聞いて良いのかダメなのか。
答えは絶対後者だろう。
俺だってどう反応すれば良いのかわかんねえし。
「水」
感傷的になってしまった場の雰囲気を切り替えたくて空になったコップをドンっと慶さんに押し付けた。
一瞬、俺を見て吃驚した様に目を見開いたけどすぐに何時もの憎たらしい笑顔に戻ると面倒くさがりながらもキッチンに水を汲みに行った。
家があんなんになってから悠の気持ちの変化にしか気にかけることのなかった俺が赤の他人の傷ついた感情にそっと手を添えるとは俺自身思ってもなかった。
多分、慶さんが吃驚した以上に俺の方が驚いただろうな。
