「…悠」
泣き崩れる母さんに目もくれずリビングの扉を閉め廊下に出れば、すでに私服に着替え終えた悠が廊下の壁に背中を預け立っていた。
自分のせいで。
と、顔に書いてある。
その俺とそっくりな顔が悲しみに染まっている。
「蒼、ごめ–––」
「誰も悪くねえよ。だから自分のこと責めんな。着替えてくるからもう少し待ってて」
すれ違い際に、壁に凭れかかり俯向く悠の頭にポンッと手を置き撫でる。
誰も、悪くなんかない。
部屋へと続く階段を登りながら必死に自分にそう言い聞かせる。
母さんのために、父さんのために、世間体のために、行きたくもない名門学校に通わされ。
勉強もスポーツも常に1番でいなきゃいけなくて。
母さんの言い付けを守ってしたくもない愛想笑いを振りまいて良い子演じて。
幼い頃から英才教育を受けさせられ、やりたくないことも沢山やらされたけどワガママ一つ言わず、何時でも「はい」と二つ返事で返して全てをこなしてきた俺達。
それなのに…。
………たった一回。
たった一回だぞ?
悠が自分の気持ちに素直になってワガママを言ったのは。
たった一回のワガママでこんなにも崩れてしまうほど脆かったこの家。
もうわけわかんねえよ。
悠が生まれて初めて母親にワガママ言ったってのに何で悠があんなに追い詰められなきゃいけねえんだよ。
なんで悠の居場所を奪うんだよ。
『誰のせいでもない』
そう言い聞かせなきゃ、全てを母さんのせいにしてしまう。
そして最近家に全く帰ってこない父さんのせいにもしてしまう。
いつか…いつかきっと八つ当たりしてしまう。
早く割り切らなくては。
部屋に入って私服に着替えてる時もそのことが頭から離れなかった。
「わり、お待たせ」
とりあえず今は何も考えたくない。
”新名”の事も母さんのことも。
邪気を振り払うように悠が待つ一階に急いだ。
そして母さんのいるリビングには目もくれず2人で家を後にした。
明るさも優しさも温かさも消えてしまった、デカイだけの家を。
