「もうこれ以上呑むなって」
床に散らばっている空き缶を拾い集めながら母さんにそう言ってゴミ袋に捨てていく。
そんな俺の目を盗んで母さんはさっき俺が取り上げたビールに手を伸ばす。
「おい、母さん!」
––––––パシッ
母さんの手元に戻ってしまったビールに伸ばした手は母さんによって振り払われた。
行き場の失った俺の右手は哀しく宙を切る。
「うっさいわねっ!…ヒック…邪魔しないでっ!」
俺の目をまっすぐに見て睨んでくる母さんはまるで三ヶ月前の母さんとは全くの別人だ。
品があり俺らのことを第一に考えていつも笑ってくれていた。
それが俺らの母さんだった。
”新名 由美”だった。
今の母さんは、それと全く逆。
笑わなくなり俺らには一切関心を持たず酒に酔い潰れているだけ。
目の前でビールを一気飲みする母さんを見て全てがバカらしく思えてきた。
たった数ヶ月で人はここまで変わってしまうのか。
何故、母さんがここまで変わってしまったのか。
明確な理由はわからないけど、きっと悠のあの一言が原因なのは俺も何となく気づいている。
気づいているけれど、ここまで変わり果ててしまった母さんよりも、その原因である悠の味方である俺は人間として最低なのかもしれない。
「あっそ。じゃあ勝手にどうぞ」
最低でも何でもいい。
一応母親だからって少しでも心配した俺がバカだった。
……何が”新名”だよ。
財閥業界どころか世間一般にも顔向けできないほどじゃねえかよ。
何のために俺らは行きたくもねえ都立の金持ち校を受験したんだよ。
悠の気持ちはどうなんだよ。
「…出掛けてくる」
これ以上ここに居たら怒りで狂いそうになる。
聞いていないのはわかってるけどそう吐き捨ててリビングを出る。
が、次の瞬間あり得ないほどの力で左腕が後ろに引っ張られ出るに出れなかった。
俺の腕を掴んでいる人物は1人かいないわけで。
「何?」
…初めてかもしれない。
母さんに向かってこんなにも冷めた声を発したのは。
悠よりも卑怯で汚い俺はいつも母さんの前では良い子を演じていたから、感情のこもっていない冷え切った声なんてこの家の中で出したことさえなかった。
「ご、めん…なさいっ、置いて、かないで…っ」
母さんに背を向けた状態だけど声からして泣いているのが簡単に想像つく。
けれど、俺だってそう何度も手を振り払わずにいられるほど出来た人間じゃない。
「悪いけど、離して」
左腕に絡みついている母さんの女らしい細い腕を優しく解くことが今できる俺の精一杯の優しさだった。
