「ゆっ–––––」
「ごめん、母さん」
母さんだけじゃない。
そう言った悠の顔も酷く歪んでいた。
「悠っ!!」
母さんが作ってくれたご飯に一口も手をつけず、リビングを飛び出していった悠。
そんな悠を追うように俺も急いで椅子から降りてリビングを出ていことした時。
「蒼麻っ」
2年ぶりに母さんが俺の名前を略さずに呼んだ。
「…なに?」
「蒼は…蒼麻は中学受験したくないなんて考えてないよねっ…?」
震えている母さんの声に、何故か俺も泣きそうになった。
母さんを悲しませてしまったからなのか、やはり俺には中学受験をするしかないという道しかないからなのか。
「俺はそんな事、考えてないよ」
…初めて、母さんにウソをついた。
上手く笑えたかわからない。
きっと思いっきり引き攣った笑顔だったと思う。
けれど、今の俺にはそれしか言えない。
誰も悪くない。
誰も、悪くなんかない。
ただ幼かっただけ。
それだけなんだ。
玄関が閉まる音が聞こえない事にホッとした。
よかった、悠は家を飛び出していったわけじゃない。
部屋に戻ったんだ。
それがわかっただけでもあり得ないほどの安堵感が心に広がる。
様子見に行こう。
きっと、悠は泣いているから。
それなのに、部屋に居るだろう悠の元へ足を進めようとした俺を引き止めるのは
「蒼っ…」
母さんの泣きそうな震える声。
そんな声をさせているの、俺達のせいだ。
わかってる、そんな事。
大丈夫だよ、母さん。って本当は背中をさすって安心させてあげるべきなのも、わかってる。
「ごめん、悠の事見てくる」
けれど今は、ここに居たくない気持ちの方が強いんだ。
きっと部屋でわんわん泣いている悠の隣に居たいんだ。
俺達を産んで、ここまで文句一つ言わず育ててくれた母さんじゃなくて。
産まれる前からずっと一緒でどんな事も一緒に乗り越えてきた俺の片割れである悠の傍に居てあげたいんだ。
ごめん、母さん。
完璧な息子じゃなくて。
いい子な息子じゃなくて。
どんなに母さんが大好きだろうと、悠は…唯一無二の弟は見捨てる事できない。
俺にはそんな勇気ないんだ。
背中にビシバシと受ける母さんからの視線を振り切るようにリビングを飛び出し、悠の部屋へと向かった。
「なんで…っ、なんでなのよっ!!!」
母さんがそう叫びながら頭を抱えていたなんて、知る由もなかった。
