紅〜kurenai〜




–––––コンコンッ



静かだった部屋にやけに大きく響いたドアのノックオンで現実へと引き戻された俺はワンテンポ遅れて返事をする。




「蒼?悠?ご飯できたわよ」




母さんだ。



俺の家は金持ちなのに家政婦を雇っていない。
母さんが嫌がったからだ。


家事や子供の面倒は自分が見ると言い張ったから。


だから夕飯の準備から掃除洗濯まで母さんが全てこなしている。


夕飯の準備ができた事を俺の部屋まで呼びに来るのも母さんだ。



「「はーい!」」



廊下にいる母さんに返事をして急いでテーブルの上に広げてある参考書やノートを片付ける。


悠と競う様に部屋を出て家の真ん中にある吹き抜けの螺旋階段を駆け下りてリビングに向かう。




「そんなに慌てなくてもご飯は逃げていかないわよ」



勢いよく飛び込んできた俺達を見てクスクス笑っている母さん。

子供の俺から見ても本当に美人だ。


そんな母さんの料理の腕はピカイチ。
世界で一番うまいご飯だ。


そんなご飯が俺と悠は大好きで毎日残さず食べるんだ。



「「いっただきまーす!!」」


「召し上がれ」




父さんは仕事上、この時間には帰ってこれないからいつも一緒には食べれない。


本当は一緒に家族4人で食べたいけどそんなワガママは言えないし、前に一度、母さんに言われたんだ。


『ゴメンねいつも3人で』


とても悲しそうな顔で。



そんな事言われたら4人で食べたいだなんてワガママは言えない。
母さんを悲しませたくないから。



だから悠とワガママ言うのはやめようってその時約束したんだ。





だから中学受験も嫌だなんて言えない。



前までは別になんとも思ってなかった中学受験。

都立の金持ちしか集まらない学校に通って堅苦しい礼儀や教育を受け、そのまま社会に出て成功者の道を歩んでいく。


それが当たり前だと思ってたしそれが母さん達の望んでる事だと幼いながらにわかっていた。








けれど、今日初めて。



「蒼?どうかした?」


「…ううん、なんでもないよ」



母さんの優しさを恨んだ。



母さんがもっと横暴で自分勝手の人なら俺だって反抗できたのに。

母さんが優しいから、悲しそうな顔をするから、俺は決められた道を歩くしかないんだ。





一番、思ってはいけない事を思ってしまった。





そして今日初めて。


母さんのご飯が美味しいと感じなかった。