紅〜kurenai〜




なんて色々考えているのに一向に向こうからの答えというか声が聞こえてこない。



聞こえてんのか?

まさか聞こえてないって事はないよな。


なら聞こえないフリ?



……あり得る。



この女だからあり得る。
いや俺とこの女の立ち位置の問題からしてあり得る。



俺としては何で見分けがついたかの理由だけ知る事が出来たならそれでいいんだけど、まあ仕方ないっちゃ仕方ないか。



いずれ知る事ができるならいいや。


そう思う俺は既にこの女を認めてしまっているらしい。



けれど何処までも往生際の悪い俺はその事実を認めたくなくて、邪見を振り払うように眠りの世界へと逃げようとする。



そんな俺に現実を突きつけるかのように、



「5時に–––」


なったら起こしてくれ。


という言葉はまた彼女の言葉によって遮られた。



「私にとってその質問の答えを出すことは難しい」



という言葉に。


何がどう難しいのか、何で難しいのか。気になることはたくさんある。

けれどチラリと横目で彼女を見れば多少困惑しながらも言葉を紡ごうとしているのが見て取れたので次の言葉を待とう、とアレコレ聞きたい気持ちをグッと堪えた。




「何で貴方は仁人をパッと一瞬見ただけで仁人だと認識できるの?」



逆に返された質問はなんとも不思議な質問だった。


なんで認識できるか。

んなの、それぞれの特徴があって髪型髪色も個性的でもっと言ってしまえば性格だったり顔付だったり背丈だったりオーラだったり。


挙げたらキリがない。

人の”違い”というものは。


その違いが俺の頭の中に記憶している黒崎仁人という人物像と一致するから仁人なんだ。


でも仁人を見た時、髪型がこうで背丈はこの位で顔付はああで、なんてそんなことを一々考えない。



彼女の言うようにパッと一瞬で判断できる。


その1番の理由としては



「仁人が仁人だから」



これ以上の答えは出ない。


仁人が俺のよく知る黒崎仁人だからだ。


けれど、この答えが俺の疑問となんの関係を示すのかが全く予想が付かない。


再び静寂を取り戻した部屋には時計の針が進む音しか響かない。


風邪でやられた弱った身体と自らの身体にかかっている毛布の温かさのせいで睡魔が急激に俺を襲う。



これ以上答える気がないなら別に良い。

半分投げやり半分戸惑いの気持ちでそう自分の中で区切りをつけ俺の瞼が完全に閉じた時。




か細い声が静かな室内に響いた。





「それと同じよ。あんたがあんたで悠麻が悠麻だから」




”だから何故わかったなんて明確な理由はない”




それだけ言うと再度手元にある本に視線を戻した彼女。





目を閉じたままの俺はジワリと込み上げてくるものに戸惑いを隠せない。


ああもう本当に。


その予想外の言葉が女嫌いの俺の心をどれだけ掻き乱してるのかわかってんの?


「これ以上踏み込むな」って俺の中の警報が日に日に大きくなっていってる。



言葉にする事が苦手らしい彼女が「私にとって答えを出すことは難しい」とまで言っていたのに言葉を紡いだ。



その行動が俺の……獅子のメンバーを惑わせているってわかってんの?





少なからず、俺はコイツに惑わされている。
心の中を乱されまくっている。


女なんてと括って彼女を見ていた冷え切ってしまった俺の心がジワリと温かさを戻している。



俺がこんなに女という生き物と会話するとは思わなかった。


女と同じ空間に居て吐き気を催すことがないのは初めてだった。


女に対して嫌悪感を抱かないのも。













この女……サクラが、俺自身を見てくれた初めての女だからだ。

それと同時に、女に対して”嬉しい”という感情が俺の心の中に産まれた。