『待てぃ!!』


廊下の真ん中に仁王立ちしている祇園十次〈ギオントウジ〉は、前から歩いて来た二人の幼い姉弟の行く手を阻んだ。


『ちょっとトージ!
そこどけや!』


姉である時夢が、気の強い眼差しで祇園を睨みつける。


その背後から覗き込むようにして不安げな表情を見せているのが時夢の弟である時道〈トキミチ〉だ。

『ならん!!
父殿は今、客人と重要な話をしておられるのだ!』


日頃は一日中道場内で大声を張っている祇園だが、この時はやけに抑えめな声量で二人を追い払おうとしている。


『邪魔するんなら、容赦せーへんで』


時夢はそう言うと、持っていた童用の竹刀を構えた。


『ユメ!お前は何か思い通りにいかんことがあると、すぐそうやって剣術に頼ろうとするからいかんのだ!!
橘剣法はそう軽くはないのだぞ…!』


竹刀を構える人形のような可愛らしい少女に、祇園は呆れたように溜め息をついた。


『トージの阿呆』


時夢はそう言ってニヤリと笑った。


『ミチ!!今や!!』


『おう!』


時夢の掛け声で、勢いよく時道が祇園の足元へと飛びついた。


『むっ!こら!!ミチ!!
放さんか!!』


完全に不意を突かれた祇園がアタフタと体勢を崩した瞬間、時夢が素早い身のこなしでその横をすり抜けた。


『ユメ姉ぇえ〜!!
後は頼んだぁああ〜!!』

『こらぁあ!!
待たんかぁああ!!』


二人の叫び声を背に時夢は廊下を一目散に走り、一番奥の座敷を目指した。