「よかったわね、富井君。充実してそうで」
真理は新しいバーボンのロックを作りながら優しく微笑んだ。
それからしばらく思い出話に俺たちは華を咲かせた。
真理がこの店を構えるまでの経緯も聞いた。
それこそ色々と大変だったらしい。
でも、そんな苦労も彼女にとっては自分の居場所を作るためのものであって、頑張れる源になったとのことだった。
「富井君、雨あがったわよ」
真理は扉を開けて外を見ていた。
俺は彼女の横に立ち雨上がりの夜の街を見つめた。
雨上がりの独特の香りが周囲に立ち込めている。
「じゃあ、そろそろ帰るか、嫁さんも子供も待ってることだしな」
俺はそう言って財布を取り出した。
そんな俺を彼女は制止した。
「富井君、キスしてくれたらお勘定タダにしてあげる」
真理はイタズラっぽく笑みを浮かべ俺に言った。
「バカ言うな、そんなことしたら嫁さんに殺されちまう。かなり嫉妬深い女なんでな」
俺の言葉を予想していたのだろうか、真理は俺をペシペシ叩いた。
「冗談よ、冗談。富井君、変わってないね。昔からぶっきらぼうだったけど、優しいまんま。奥さんを大事にしてあげてね」
「おまえに言われるまでもねぇよ」
俺は1万円札をカウンターに置いて店を出た。
扉が開き真理が顔を出した。
「富井君、お釣!」
俺は手をヒラヒラ振って振り返らずに答えた。
「釣り銭はおまえに預けとくよ。ってことは、またこの店に来なきゃならねぇな、こりゃ」
雨上がりの街に湿り気を帯びた風が吹き抜けた。
すっかり遅くなっちまったな。
こりゃあ、また嫁さんにうるさく言われるな。
まぁ、それはそれで、かまわねぇな。
だってよ、そんな平凡な日常が楽しいんだからさ。
~了〜


