「それにしても広いですね。お庭。園遊会ができそう。」
そう言うと、義人氏はうなずいた。

「してるで。春は桜の園遊会。秋は紅葉。それ以外にも母が個人的に人を集めては楽しんでたけど、最近はそれもなくなったかな。……また、希和子ちゃんが付き合ってあげてくれたら、喜ぶと思うわ。」
私は勢いよくうなずいてから、首をかしげた。
「あの、私、茶道とか習ったことがないんですけど……」

義人氏は軽やかに言った。
「大丈夫。飲むだけなら簡単やし、俺でもすぐ教えられるわ。お点前もしたいなら、母に習ってもいいし、どこかに習いに行ってもいいし。」

「習ってみたいです。受験が終わったら。」
そう言ったら、義人氏は大きくうなずいた。

ココでは何でも挑戦したいことをしてみればいい、と義人氏は言った。
まるで夢のような環境だ。

「希和子ちゃんは、いろんなことに興味持つから、習い事が増えて忙しくなりすぎるかもな。まあ、無理のない程度にチャレンジしてみたらいいわ。」

突然、目の前がさーっと開けた気がする。
義人氏は、私に夢と希望を与えてくれた。
うれしい。

「ありがとうございます。」
ありふれた言葉だけど、それしか感謝と喜びを表現する言葉を私は知らなかった。

「どういたしまして。……まあ、今はいいけど、うちに引っ越してきて正式に家族になったら、仰々しい敬語はやめたらいいしな。」

義人氏はそう言ってから、身をかがめて、私の目を覗き込んだ。
いつものことなのに、ドキッとした。

「なあ。父の印象、どやった?マジで、怖くなかった?」

……どういう意味だろう。

「威厳は感じました。逆らったら怖いんだろうな、とも思いました。でもそれは、ヒトとして、と言うか……。嫌な怖さは全く感じませんでした。」

正直にそう言うと、義人氏はあからさまに、ほっとした。
「じゃあ、もう、決まりでいいよね。希和子ちゃん、うちの子になるよね?」

これだけ熱心に勧めてもらって、断れるわけがない。
私は黙ってうなずいた。

そして、慌てて改めて言った。
「よろしくお願いします。お兄さん?」

何の気なしにそう呼びかけたら、義人氏のお顔になんとも複雑な影がさした。

「……お兄さま?お兄ちゃん?」
呼び方が気に入らないのかな?

慌ててそう呼び直すと、義人氏が苦笑した。
「何でもいいよ。身構えてなかったから、びっくりしたわ。」

……見るからに、それだけじゃないことが伝わってきた。