夢が醒めなくて

「返事は急がへんからね。ゆっくり、おばさんと仲良くなりましょう。……あ、義人はまだ知らないから。何も。……内緒、ね。」
義人氏母は、私をそっと解放すると、涙の光る瞳でニッコリと笑った。

「……ありがとうございます。」
義人氏が何も知らないと聞いて、私は何となくホッとした。

私のトラウマ、まだ、バレてないんだ。
別に、義人氏に知られたくないわけじゃない。
そうじゃなくて、義人氏には自分で言いたい気がした。


ドアがノックされた。
「奥様。あと5分で全館消灯します。こちらでご覧になりますか?屋上に戻られるなら、そろそろご移動ください。」
閉まったままのドアの向こうから、低い声がそう告げた。

「行くわ。このまま希和子ちゃんを独占してたら、義人に怒られちゃう。じゃあ、行きましょうか。」
義人氏母は、最初はドアの向こうの男の人に、次は独り言、そして最後は私に向かってそう言った。

……別に、義人氏、怒りはしないと思うんだけど。
てか、怒る義人氏を見てみたいかも。

そう言えば、今日、まだ一度も義人氏と会ってない。
せっかく、義人氏の勧める髪型にチャレンジしたのに。

義人氏、どう言うだろう。
また、くっさいほめ言葉を真面目に言ってくれちゃうんだろうか。
想像したら、苦笑がこぼれた。


「いた!希和子ちゃん!どこ行ってたん!?こら!めっちゃ心配して探したんやで!」
やっと会えた義人氏は、珍しく怒ってた。
それだけ心配してくれたんだと伝わってきた。

「ごめんなさい。」
何となくうれしくて、申し訳なくて、素直にそう謝った。

「大丈夫やったか?」
啓也くんにそう聞かれて、私はうなずいた。

「ごめん。人混み、苦手で、気持ち悪くて。」

「でも、独りでウロウロするのは危ないで。気ぃつけんと。」
啓也くんの視線に、同情を色濃く感じた。
……また、私が怖い想いをしないようにとの気遣いが心に沁みた。

「うん。啓也くん、ありがと。」
また涙が滲んできた。


「火ぃ、ついた!」
如意が岳の大の字に、火がついた。
小さな火が次第に明るく燃えだす。
しばらくすると、松ヶ崎の妙法や舟型が点灯する。
最後は左大文字。

「綺麗やな。」
いつの間にか、すぐ隣に義人氏が立っていた。

「綺麗や。」
もう一度つぶやいたその言葉は、私に向けられていたような気がした。

気恥ずかしくて俯いたけど、義人氏はとろけそうな瞳で、私と送り火を交互に見ていた。

まるでやっと見つけた私の存在を、確認するかのように。