夢が醒めなくて

「チエちゃんは、ほら、赤いべっちんの鼻緒ねん。こないだ、希和子ちゃん、赤い鼻緒やなかったっけ?」
義人氏はそう言いながら、持っていたエコバツグから漫画をどさどさと積み上げた。

「図書館で借りてきた。とりあえず1巻から10巻。気に入ったら続きも借りるわ。」
……ほんと、頼んでもないことを……マメなヒト。

「ありがとうございます。読んでみます。……こないだのは、試作品でした。強度も問題なさそうなので、生地を変えて作り直しました。浴衣の柄にも合うように。」
そう答えながらも、私の目は勝手に漫画を捉え、気がついたら手に取っていた。

いかにも古い下町人情もの風で、楽しそうだ。

義人氏はニコニコ笑って、遠慮せずに読むように勧めてくれた。
いつの間にか義人氏にくっついてる美幸ちゃんにお相手を託し、私は漫画を読ませてもらった。

独特のほのぼのとした描写が、けっこう非道な設定と環境を絶妙に笑いと感動にすり替えていた。
私は、すっかりのめり込んでしまった。

気がついたら、夕食の時間。
既に義人氏は帰ったらしい。
挨拶、できなかったな。

「あー、これ、知ってる。アニメで観た!猫がしゃべってた!」
啓也くんはテレビアニメを観たことがあるらしい。

「読む?おもしろいで。」
そう勧めたら、漫画だからハードルが低いのか、珍しくみんなが回し読みをし始めた。

10冊全てを読み終えると、続きが気になって仕方なくなった。
不揃いで不完全な登場人物ばかりなのに、何とも言えず温かくて、何度も泣いてしまった。



その夜、施設のパソコンからはじめて義人氏にメールを送信した。
私はメールアドレスも持ってなかったので、啓也くんに教えてもらってフリーメールでアドレスを作った。

はじめてのメールは、義人氏へむけてのお礼メール。
持ってきてくれた漫画がすごくおもしろかった旨を熱く語った。

もちろん続きを催促するような言葉は入れてない。
ただ、私だけでなく、みんなが読んでるから、話を共有できてうれしいことも伝えたかった。




翌日、珍しく義人氏が午前中にやってきた。
昨日よりも明らかに大荷物を持って。

もしかして、続き!?

「続きも、ある。なんか、思った以上に人気みたいやったし、施設の蔵書にしてもらおうと思って。古本屋で全巻オトナ買いしてきた。」

啓也くんや美幸ちゃんたちにそう説明してから、義人氏は数歩下がったところに黙って立っていた私に会釈した。

「ありがと、希和子ちゃん。」