夢が醒めなくて

途中で、逃げて来たらしい母親に出くわした。

「……ねえ?十文字のお嬢さんいらしてるんだけど……ちょっと変わられた?」

首を傾げてそう聞く母親に小声で耳打ちした。

「好きな男でもできたんちゃう?」

母親は口を手で押さえて目を見開いた。

「まあ……」
絶句した母親は、しばらくしてから何度かうなずいた。
「そう。それで……。お召しのお着物も、これまでとは系統が違うのよ。」

「へえ。見てこよっと。」

そう言って母親の脇を通り抜けようとしたら
「悪趣味ねえ。」
とつぶやかれた。

さやか嬢は、確かに似合わない着物を着ていた。
淡い丁字色のちりめんは、裾だけ白く抜かれて、淡い色で草花が描かれていた。
帯は、龍村の有職文様。
かなりイイモノだが、さやか嬢の雰囲気じゃないんだよな。

「どしたん?気ぃ早いな。若奥様風?」

そう声をかけたら、さやか嬢はふんっと鼻息荒く胸を張った。

「この方がイイって勧められたから選んだだけ。どうせ似合わないとか思ってんでしょ?」

……誰に勧められたんだろう。

「そやなぁ。その着物には、化粧が濃いかもな。美容師さん待機してはるし、直してもろて来るか?」
フランクにそう言ったら、さやか嬢に睨まれた。

でも、気づいたらさやか嬢の姿が見えなくなった。
つかず離れずそばにいるはずなのに……。
キョロキョロしてると、原さんが耳打ちしてくれた。

「十文字のお嬢さんでしたら、お化粧を直しに行っていただきました。」
「……へぇ。」

俺のことは睨んだのに、原さんの勧めには素直に従うんだ。
彼女の変化がおかしくて、つい笑ってしまった。


昼過ぎに、朝秀春秋くんと坂巻孝義くんからのメールを受信した。
光くん、薫くん、そして桜子を受付で小門夫婦から預かって、家に連れてったようだ。

坂巻くんは光くんと同じ空手教室に通っている縁もあり、2人には希和と一緒に子供達の面倒を見てもらうようにお願いしてある。
既に、百合子の息子の恭満くんも、彩乃んところの咲弥くんと菊乃ちゃんも到着している。

「あ。お母さん。子供が増えすぎて、カオス!助けて!」
計画通り、希和が母親に助け船を求めにやって来た。

「あらあらあら。……ちょっと、失礼しますね。」
隙を見ては家に逃げ込みたがる母親が、うれしそうに希和についていった。

これで、母親は家で桜子と対面できるだろう。
何せ、由未たちに疑われず、なおかつ俺が桜子と顔を合わせないように何も知らない母親と桜子を自然に会わせなければいけない。

……親たちが我が子の動静を気にし出すまでの短い時間で母親が満足してくれりゃいいけどな。

もちろん、親たちには、無理やり酒を勧めて足止めするけど。