天使のようなプリンセス、か。

……うん。
間違いなく、幸せそうだ。

心配なんかしてない。
彼女も、彼女が選んだ男も、俺なんかより遥かに大人だ。
逆立ちしたって敵わない。
幸せにきまってる。

……なのに、どうして、俺はこんなにもやもやしてるんだろう。
昇華しきれない暗くて重たい心が、いつまでも消えてくれない。

俺だけ、あの日から一歩も動けないままなのか。
もうすぐ丸3年たつのに。


その夜、夢を見た。
白い桜の花吹雪の中、天使がひらりひらりと舞い戯れている。
細い絹のような黒髪が艶やかに光って、まぶしすぎてハッキリ顔が見えない。

桜子?
心の中でしか呼べない名前は、夢の中でも言葉にできないらしい。
俺の感情で風が立ち、桜の花びらが舞い上がる。

花びらの乱舞で天使が見えなくなる。
ああ、花が散っていく……。
もう少しだけ、待って。
行かないでくれ。

願いは虚しく、届かない。
ようやく一面の花吹雪がおさまると、少女はすらりとした姿態に変貌していた。
まるで、蛹(さなぎ)が蝶々になったようだ。

顔を見せてくれ。
……桜子?
いや、違う。
君は?誰だ?

……夢の中では本当に、俺は彼女が誰だか認識していないらしい。
ただ、血を分けた娘・桜子ではないことだけはわかっているようだ。

阿呆やなあ。
夢の中で、もう1人の俺がつぶやく。

惑う俺を俯瞰する俺。
知ってるんだろ。
わかってるんだろ。
ほら、醒めた瞳。
あの髪、もう夏なのに、どうしてまとめないんだろう。
わざとボサボサにしてるのか?

声をかけても、振り向いてくれない。
花びらを手で掬って、ひらひらと舞い散らせる。
こっちを見て。
ほら、綺麗だよ。
どんなに歓心を買おうとしても、彼女は無関心だ。

ぴくりと、彼女が反応した。
俺に、じゃない。
あさっての方向を見つめて、歩み出す。

待って。
俺は、まだ君の笑顔を見てないんだ。
行かないでくれ。

手を伸ばしても、届かない。
駆け寄っても、彼女はどんどん離れていく。

……ダメだ。
行くな。

希和子ちゃん、行くな!



え!?
希和子ちゃん!?

慌てて俺は飛び起きた。
逢えない娘の夢を見てたはずなんだけど……あれ?希和子ちゃん?
……まさか、希和子ちゃんも俺の娘ってことはないよな?

えーと、9歳差。
9歳の俺……うん、大丈夫だ。
あー、びっくりした。

……今、何時だ?
何となく外が明るく白みかけている気がする。
朝4時半、か。
明け方の夢は正夢って言うけど……まさか、な。

寝直す気持ちになれず、まだ薄暗い庭に出た。
こんな時間なのに蛍が飛んでいた。
もう梅雨も明けて夏本番なのに。
あれ?
これもまだ、夢か?
夢か現(うつつ)か……自信がなくなってきた。
うーん。

ま、いいか。
午後3時にはあの子達が学校から帰って来るだろう。

今日も、逢いに行ってこようっと。