実際、この10年間、京都に寄りつかなかった恭匡さんが由未と一緒に来るというのは、2人が打ち解けて仲良くなってる証拠じゃないだろうか。

それを、諦めた、だと?
順当に、俺に跡を継がせることにしたというのか。

てか、原さんがそんなことを俺に情報漏洩する意図は何だ?
このインテリやくざが俺に媚びているとは思えない。
俺に自覚を促してるのか?

「誰も恭匡さんを制御することはできませんよ。では。失礼します。」
俺はそうすっとぼけてその場を離れた。

今は原さんが敵だとは思わない。
けど、信頼関係をを築けるとも思ってなかった。


あ!そうだ!
「原さん!ちょっと相談!いいですか?」
慌てて玄関ホールに戻ると、原さんは玄関のドアノブにかけた手を離して振り向いた。

「珍しいですね。何なりと。」
さっきより少しだけ自然な笑顔に見えた。

「児童養護施設の子ども達と大文字の送り火を見たいんやけど。」
原さんは目を見開いて、それから口元をほころばせた。
「そうですか。柄の悪いお仲間とバカ騒ぎなさるのは卒業されたのですね。いささか極端な気もしますが。」

ヒクッと片頬が引きつったけど、まあ、仕方ないか。
金と暇を持て余した遊び人仲間と騒いでた過去は消えない。
まあ、奴らとも完全に切れたわけじゃないし、今でも悪い遊びに興じることもないことはない。
けど、ハッキリ言って、飽きた。

「純真無垢な子ども達に浄化されたかな。」
半分本気でそう言った。
「義人さんがそこまで子ども好きだとは思いませんでした。」
原さんの声に含蓄を感じた。
「うん。俺も。喪失感?」
調子に乗ってそう言うと、原さんは目を伏せた。

……俺から、最愛の女性と……彼女に宿った命を奪った自覚はあるらしい。
気まずそうに黙って立ってる原さんを見てると、何となく心の中のわだかまりが小さくなってゆく気がした。
不自然なまでの敬語がいつのまにかフランクになってるし。

まあ、あれから3年たつんだもんな。
もう、時効でいいかもしれない。
……あのヒトが突然、俺の前から姿を消して3年、か。

「幸せそうですか?」
聞くまでもない。
1年と9ヶ月前、偶然遭遇した彼女は、一途に慕っていた初恋の男性とよりを戻し、まるで少女のように輝いていた。
俺と一緒にいた頃は、つゆぞ見せたことのない幸せオーラに包まれていた。
未練がないと言えば嘘になるけれど、仕方ない。

でも彼女の産んだ子のことは、たぶん一生、気にし続けることになるのだろう。
写真でしか見たことのない、俺の遺伝子を持つ女の子は、どんな声で話すのか。
可愛い盛りだろうな。

「いや、いい。ごめん。……大文字の件、父に聞いといてください。」
未練を振り切るように、俺は顔を上げた。
原さんもまた視線を俺に合わせて、恭しく会釈した。

「では明日またご相談いたしましょう。失礼します。……底意地の悪い私でさえ自然と頬が緩む天使のようなプリンセスですよ。」

それだけ言って、原さんは帰って行った。