夢が醒めなくて

2人の声が聞こえてきた。

やばい。
やばいやばいやばい。

「……約束する。生涯。」
坂巻くんの言葉が胸に突き刺さる。

何の約束もできない俺にとって、坂巻くんの覚悟と潔さは羨望と嫉妬に値(あたい)した。

「……うん。……信じる。」
蚊の鳴くような小さな声。

希和……。

「今まで待たせてごめんなさい。よろしくお願いします。」
視界が開けた小川のほとりでは、希和が深々と坂巻くんに頭を下げていた。

「希和……」

俺に気づいた希和がビクッと肩を震わせて、後ずさりした。
目が赤い。

「ハンカチ、落ちてた。」
そう言って、希和のハンカチを見せて、俺のハンカチをポケットから出そうとした。
ら、坂巻くんが希和の肩をやや強引に巻き込むように抱き寄せて、自分のTシャツで希和の涙を拭いた。

くるっと半回転した希和の白いスカートがふわりと舞って、まるでワルツのようだな……と、ぼんやり見とれてしまった。

……希和は逃げなかった。
坂巻くんに振り回されたのに、腕に抱かれてるのに……じっとしていた。

つきあうのか。
決めたのか。
……何も聞けない俺は、両方の手に持ったハンカチをただただ握りしめた。


さっき、坂巻くんは自分をピエロでいい、と言った。
でも、今、間違いなく、俺こそがピエロだ。


「坂巻くん。腕、いっぱい血ぃ出てるわ。消毒したほうがいい。……希和、救急箱の位置、わかるか?」
希和はうなずくというよりも、地面に視線を落とした。

「これぐらい、大丈夫。と言いたいけど……手当てしてくれるけ?」
甘ーい!
さっきまでと別人のように甘い声と瞳で、坂巻くんは希和を見つめてそう聞いた。

希和の頬が紅潮した。
……とても見てられない!

俺は、踵を返した。
その背中に、坂巻くんの声が追い討ちをかけた。
「先輩。今日からこいつ守るん俺の役目なんで。これ以上、泣かせんといてくださいよ。」

さすがに、イラッとした。
「今の君に何ができる?部活で忙しいやろ。」

振り返ると、希和の肩を抱いたまま、坂巻くんは不敵な笑みを浮かべていた。

「何を最優先にすべきかぐらいは心得てます。」

……これからは希和を最優先にするってゆーのか?
まさか、部活やめるとか言わないよな。

「坂巻くん、クラブ、辞めるとか言わんといてよ?」
希和も気づいたらしく、慌てて止めた。

でも坂巻くんは、あろうことか、希和の髪に頬をうずめるようにすりっと頭を動かし、希和の耳許で言った。
「サッカーなんかどうでもいい。お前が大事。」

……読経で鍛えた太い低いイイ声でそんなこと……くそーっ。