夢が醒めなくて

……やばい。
かわいいよ、希和子ちゃん。
すごく、かわいい。

目は口ほどにものを言う、とはよく言ったもんだ。
気合を入れてないと口元が緩んできそうだ。

希和子ちゃんは夢見心地でうなずいた。
……無性に抱きしめたくなったけど、拳を握って我慢した。


その夜、帰宅すると、父の秘書の原さんと玄関ホールで出くわした。
「お帰りなさい。」
慇懃無礼な冷たい笑顔に、敢えてニッコリと笑顔で挨拶を交わす。
「ただいま。原さん。お疲れさまです。」

昔は、父の秘書も運転手さんも、当然俺にも無条件に仕えてくれるものだと勘違いしていた。
ほんまに、つくづく、甘ったれた世間知らずのぼんぼんやったと思う。

思春期に夢中で愛した女性に便宜をはかりたくて、母親と原さんに相談したことがあった。
でもいつの間にか父もまた彼女に入れ上げていて、それまで何でも相談できる兄のような存在だった原さんは、ハッキリと敵に回っていた。

彼女の失踪も、その後の事務連絡もずっとこの原さんが動いているのは間違いない。
何もできない俺を陰で嘲り笑っている、とは言わないが……結局何もできないただのクソガキに過ぎない自分を思い知らされる。

原さんは、俺にとってそういう存在だ。


「来週、由未さんが帰って来られるそうです。天花寺(てんげいじ)さまもご一緒に。」
挨拶だけで行ってしまうと思ったら、原さんは急にそんなことを言った。

「由未が?恭匡(やすまさ)さんと一緒に?……それって……」
俺の心臓が早鐘を打ち鳴らす。
原さんは、ニヤリと笑ってうなずいた。

「そうなんや。よかった。全て、お父さんの思惑通りに進んでるってわけですね。」
「義人さんもそのおつもりで由未さんに上京をお勧めになったと記憶しておりますが。」
原さんに指摘され、俺は苦笑した。

「そうですね。そうなればいいな、と昔から思ってました。恭匡さんは、お父さんを畏れない珍しいかたですから。」
「……これは私見ですが、社長は天花寺さまを御(ぎょ)することを諦められたようにお見受けしております。」
原さんは不敵にもそんなことを言った。

恭匡さんは、うちの主筋の元公家の御当主だ。
優秀だけど一筋縄ではいかないちょっと変わった御仁だが、父は昔から恭匡さんを崇めたてまつっていて、本気で自分の跡を託したいと思っていたと見ている。

まだ大学を出たばかりの若い男性独り暮らしの家に、平然と高校生の自分の娘を送り込むぐらいだから、何が何でも籠絡したかったのだろう。