夢が醒めなくて

「この時期なら、蛍も飛ぶわ。……明日は日曜だし、泊まっていく?」 
彼らを迎えた母親は、ニコニコしてそう言った。

……余計なことを。

ぴょこっと頭を上げてうれしそうな朝秀くんに、坂巻くんが冷水を浴びせる。
「春秋(はるあき)。遊びに来てるんちゃうからな。」

朝秀くんと母親がしょんぼりするのを横目に、希和がきゃらきゃら笑う。

……楽しそうだな。

彼らのたわいもない会話を聞いてると、自分の高校時代を思い出す。
高校1年生の夏、か。

恋い焦がれてやまない大事なヒトがいるのに、手当たり次第、言い寄る女の子とヤッてたな。
セルジュや彩乃という親友もいたのに、悪い連中と夜通し遊びほうけたり。

……あの頃、ちゃんと1人の女性とだけ向き合って、真面目に部活とかしてたら、どんな人生が待ってたんだろうか。
3人を見てると、叶わなかった自分の恋の行く末を想って、ため息がこぼれた。


母親のお気に入りのシェフのランチを一緒に食った後は、書斎に籠もった。
3人は、離れの茶室で勉強していた。

15時過ぎに、母親がコーヒーとケーキを持ってきてくれた。
「さすがねえ……2人のご自宅に、今晩うちに泊まってお勉強を続けるってご連絡したら、坂巻くんのお家からさっき和菓子と着替えが届けられて、びっくりしたわ。朝秀さんも、夕方、お父さまが荷物を持ってきてくださるって。」

「……そりゃ、高校生男子が女子の家にお泊まりとか……普通の家庭なら気になるだろ。様子を見に来るんちゃうか?」

もう何年も友だちづきあいしてるし、お互いの家にも行き来して、親同士も顔見知り。
坂巻さんにいたっては、縁談まで持ちかけてきたぐらいだけど、逆に言えば、ケジメのない関係は避けたいんだろうよ。

「まあ、義人のお友達にもいたわね。後日、親御さんがお菓子を送ってくださったお嬢さんとか。……あ、夜はお庭でバーベキューよ。手伝ってね。」
「いや。勉強しに来てるのに、肉はあかんって。頭回らんくなるわ。」
そう止めたけど、母親は既に材料を手配したらしい。

「あら。じゃあ、お魚も頼む?エビとカニは頼んだけど、それだけじゃあねえ。」
と、首を傾げて見せた。



……いつの間にか、俺は眠っていたらしい。
ピケティの日本語未翻訳論文を読んでいたはずだったが……

「希和子ちゃん、ここ?」
朝秀くんの声で、目が覚めた。
希和と書斎に入ってきたらしい。

「そうそう、それそれ。重いから気をつけて。」
2人は辞典か何かを取りに来たのか。

うーん!と伸びてから、俺の存在に気づいてないらしい2人に声をかけようとした。
が、一瞬遅かった。