夢が醒めなくて

「へえ。こんなんまで準備してるんや。あそこ、そんなに気持ちいいの?」
「気持ちいい?……息は、詰まりませんね。」

首を傾げた希和子ちゃんに、重ねて聞いた。
「談話室は、息が詰まる?」

すると希和子ちゃんは、声を少し落とした。
「談話室も、食堂も、寝室も、学校も、息苦しいです。」

今も?
今も、息苦しいのか?
俺も邪魔なのだろうか。

苦し紛れに聞いてみた。
「区の図書館は?好きやって言うてたよね?」
希和子ちゃんはうなずいた。

「……じゃあ、今から行こう。」
図書館では、話すことはできない。

それでも、希和子ちゃんを楽にしてやりたかった。
わざわざ、息苦しいところに連れ込んでしまった罪悪感かもしれない。

門限まで時間はたっぷりある。
俺は、すっかり馴染みになった職員さんに声をかけた。
ついでに、希和子ちゃん以外の児童にも図書館行きを募ったが、誰も行きたがらなかった。
……児童の活字離れは深刻かもしれない。

さすがに祇園祭の当日だけあり、道路もバスの車内もこんでいた。
車で来ればよかった……。
「希和子ちゃん。こっち。」
なるべく希和子ちゃんに圧力がかからないように、俺自身が壁になるようにガードする。
普段バスに乗り慣れてないわけではないが、こんでるバスに無理に乗ることもなかったので、俺は揉みくちゃにされてぐったりしてしまった。
つ……疲れた。

でも希和子ちゃんが、花畑の蝶々のように、本から本へとひらひら舞ってるのを見ると、何てゆーか、報われた気がした。
笑顔ではなかったけれど、希和子ちゃんは目をキラキラ輝かせて本の背表紙を眺め、手にとっていた。

苦労した甲斐は充分あったよ、うん。



しかし、この区の図書館は……イマイチだな。
古いし狭いし、何より、希和子ちゃんの好きそうな本が少ない。

もちろんネットワークで取り寄せることは可能だが、日数もかかるし、その場で手に取ることができない。

……うーん。
中央図書館か、府立図書館のほうが、希和子ちゃんには楽しいかもしれない。

希和子ちゃんを施設まで送り届けた別れ際、
「今日はありがとう。楽しかったです。」
社交辞令のようにそう言った希和子ちゃんに、俺は首を横に振った。

希和子ちゃんが不思議そうに俺を見上げる。
俺は膝を屈めて、希和子ちゃんの目を覗きこんだ。

「あの図書館じゃ不十分。夏休みが始まったらもっと大きい図書館に行こう。古い本をその場でナンボでも請求できるとこ。」

希和子ちゃんの瞳が明るくキラキラと輝くのがよくわかった。

そして、その目の中に、びっくりするぐらい柔らかい笑顔の俺が映っていた。