夢が醒めなくて

渡月橋を渡り法輪寺へと上がってく。
時期が時期だけに、境内はけっこうな混雑だった。

「……竹原さん?」
受付で並んでいる希和が、突然誰かにそう呼ばれた。
利発そうな少年が爽やかな笑顔で立っていた。

「あ。朝秀くん。」
希和が彼をそう呼んだ。

俺たちは少し離れたところで待っていたが、
「……あらあらあら~。早速よさそうな男子とお友達になったのね。うふふふふふ。」
母親の楽しそうなつぶやきに、俺は憮然とした。

父親は、
「あさひで……あさひで……」
と、少年の名字か名前かわからない呼称を口の中で繰り返して首を捻っていた。

朝秀くんは既にお詣りを済ませたらしく、母親らしき美熟女に呼ばれると、すぐに帰って行った。
「あ!朝秀くん!」
母親と合流して背を向けて歩き出した朝秀くんに、希和が少し声を張って呼んだ。

「え?」
朝秀くんは、明らかにうれしそうな表情で振り向いた。

チッ!
……無意識に俺は舌打ちして、母親に窘められた。

でも、今の、バレバレやん。
朝秀くん、希和に、気ぃあるやん。
ムカつくムカつくムカつく。

イライラして見てると、希和が自分の口元を手で覆って、慌てて謝った。
「ごめんなさい!やだ!冗談のつもりで……ごめんなさい!」

あー、そうか。
渡月橋どころか、朝秀くんはまだ境内を出てないのに振り返ってしまったのか。
せっかく授かった智恵を没収されたわけだ。

ウケケケケ。
ざまぁ。
年甲斐もなく俺は朝秀くんの失態を心の中ではやし立てて笑った。

……でも朝秀くんは……できる男かもしれない。
母親らしき美熟女に待つように告げると、何と、希和の隣に並んだのだ。
「もっぺんお詣りすればええだけやん。」

恐縮する希和に、さらっとそう言ってのけた。
むしろ、ラッキー!……と、顔に書いてあるぞ、朝秀くん。

そうか。
入学してたったの数日で、もう虫がついたのか。
これは、まずい。
まず過ぎる。

焦りと怒りにわなわな震えてると、ボソッと母親が耳打ちした。
「だから私の母校に入れたらよかったのに。希和ちゃん、もてるわよ。これから。」

「……阻止する。」
俺は、笑顔を張り付けて希和と朝秀くんのもとへと向かった。

背後で父親が笑いをこらえてる声が聞こえたが、無視した。


「希和。そちらは?」
よそ行きの笑顔と声で、できるオトナの男の擬態をして話しかけた。

「同じクラスの朝秀 春秋(はるあき)くん。クラス委員長で、私を無理やり副委員長にしたの。」

聞いてない!
希和、クラスの副委員長なんかになったのか!?
何だよ、それ。
ちゃんと言えよ!

「朝秀くん。大人気(おとなげ)ない、噂の兄がこちら。」
希和は朝秀くんにそう俺を紹介した。

何だ?それ。
やばい。
めちゃ落ち込みそう。

何の噂だよ。