夢が醒めなくて

「びっくりした……あんなヒトもいるんですね。」
席についた希和は、ため息交じりにそう言った。

俺は無理に作った笑顔が引きつるのを止めることもできなかった。
「いや。いいひん。存在してない。あれは、幻。忘れて。」

「……お兄さん……無茶苦茶言うてはりますよ。」
希和に呆れられても、俺はセルジュの行動を俺への挑発としか思えず、ぷりぷりと怒り続けた。

オケボックスから音が鳴り始めた。
「生演奏!?」

驚く希和に、うなずいて見せて、10倍の双眼鏡を渡した。
「……こんなに近いのに。いらないですよ。」
希和はそう言ったけれど、最前列でも贔屓の生徒をガン見するために双眼鏡を使うのは普通のことだ。

「まあ、2つあるし持っとき。あ。始まる。」
指揮者が出て来てお辞儀をする。
と、一気に音が溢れ出し、幕が華やかに上がった。

希和は瞳をキラキラ輝かせて見入った。


幕間も終演後も、希和は夢の世界からなかなか戻って来なかった。
初めての華やかな歌劇と、めくるめくレビューに圧倒されたようだ。

「静稀さん?夕霧。めちゃめちゃ綺麗でしたね。」
ほうっと、ため息まじりに希和はそうつぶやいた。

「うん。光り輝いてキラキラやったな。あんなにかわいい女の子が、ちゃーんと凛々しい美少年やったなあ。」
そう同調すると、希和がうなずいた。

「光源氏も堂々とされて素敵でしたけど……あの夕霧は夢に見そう。雲居の雁になりたい。でも、夕霧が美し過ぎて、とても無理。ああ。美しさって罪。」
……なんか、希和、壊れてる?

「歌劇を見てると、よく、美しさは正義だなって思うけどな。」
そう言ったら、希和は勢いよくうなずいた。

「わかります!どんな変な脚本でも、主人公が美しければ納得してしまいそう!……夕霧の舞台写真って販売されるんかな……」

「うん。たぶん。セルジュも毎回、買うとるわ。発売されたら、買うとこうか?それとも、その頃、希和もまた来るか?」
希和は、微妙な表情になった。

ん?
てっきり、二つ返事で来ると思ったんだけど、そこまではハマらなかったのか?

少し逡巡して、希和が言った。
「また来たいです。でも次は後ろのほうか、二階がいい。」
「何で?」

驚いて問いただすと、希和は遠慮がちに言った。

「……お兄さんのオトモダチ、私が一緒に来たことをあまり快く思ってらっしゃらないから。……こんな子供でも女連れは、気分悪いみたい。彼女に失礼ですよ、お兄さん。」

え?