昇は、恵利子にいいように使われながら黙々と作業を続けていたが、
荒谷が教室にやってきて昇のことを呼んだ。
「笹木、ちょっと来い」
少し荒谷が慌てているように見えた。
「なんですか?」
「ここじゃちょっとな。そこで話すか」
荒谷は廊下の隅のほうを指差した。
どう話しだそうか荒谷は迷っているようだったが、すぐに口を開いた。
「さっき電話があってな、おまえのお母さん、職場で倒れたらしい」
「…え」
「それで、近くの病院に運ばれたらしいんだが…」
昇はすぐに走りだした。
病院に向かうために。
角を曲がろうとしたところで誰かとぶつかり、足を止める。
そこには友香がいた。
友香の表情が少し暗かったから、今の話を聞いていたのだろうか。
「えと、あ…病院、行くの?」
心配そうな友香の言葉にも返事をできずに、友香の横を通り過ぎる。
友香には関係ない。
少し友香から離れると、背中ごしに友香の小さな声が聞こえてきた。
「…戻ってきてね」
それにも振り返ることなく、昇は走りだした。


