家に帰ると8時をまわっていた。

母はまだ帰ってきていないようだ。

凝り固まった体をぐっと伸ばし、体を軟らげる。

毎日母は、肉体労働ではないにしろ、
こんなに遅くまで働いているのかと、昇は母に感謝した。

やはり自分は高校を卒業したら働くべきだという思いを強くした。

適当に冷蔵庫のなかのものを見繕い、風呂に入って9時をすぎた頃に母は帰ってきた。

「ただいま」

「おかえり。母さん、これにサインしてくれる?」

そう言って昇は、進路希望のプリントを母に差し出した。

「何これ?」

受け取って母はそれに目を通す。

すべて見おわってから母は口を開いた。

「…昇、大学行かないの?就職って…」

「別にやりたいこともないし…」

「やっぱり母さんに気を遣ってくれてるの?」

母はまた不安げに昇に視線を送る。

「違うって。やりたいこともないし、それだけだって」

やりたいことがないのは本当だ。

だから嘘はついていない。

「…そっか。じゃあサインしとくから明日持っていきなさいね?」

「…ありがと」