ボクは空を見上げたまま続けた。

「偶然だけど、ある意味これも必然だったのかもしれませんね。重なり合った偶然によって、再会したわけですから」

ボクのすぐ隣から微かなすすり泣く声が聞こえる。

「もちろん、昨日の今日で、すべてを受け止めることのできるような、度量はボクにはありません。だけど、ボクとあなたが、お互いに時間をかけ、努力すれば、わだかまりも消えていくと思います」

ボクは空から、再び海に目をやった。

「20年てボクにとっても、あなたにとっても、決して短くはない時間です。ボクにしてみれば、今までの人生とイコールなわけですから」

海から一瞬、強い風が吹いた。
その風は、潮の香りをボクらに運んできた。

「でも、きっと、これからの時間の方が長いはずです。それに、過去はいくら努力しても変わらないけど、未来は自分自身でいくらでも変えていけると思います」

ボクはもう一度、空を見上げた。
眩しい朝日を顔一面に受けた。

「だから、ボク、努力していきます。今はまだ、あなたのこと『母さん』て呼ぶこと出来ないと思います。でも、いつかきっと、そう呼べる日が来るように、努力していきます。だって、あなたは、ボクの………」


それ以上、言葉を続けることが出来なかった。
空を見上げたまま、涙を我慢するのが精一杯だった。

ボクは彼女に背を向けた。
背後から女将さんの、懸命堪えているが時折漏れてしまう嗚咽が小さく聞こえる。

ボクは旅館に向かい、1歩足を踏み出した。

「あ、ありがとう、しゅ、駿平」

小さな涙声が、ボクの耳に届いた。
ボクは振り向けなかった。
でも、いつか、きっと、振り向くことは出来ると思う。

ボクがもう少し、大人になれたら、きっと。