「えっ?父のせいって?」

彼女の口から出た意外な言葉に、ボクは思わず聞き返した。

「うん、ほら、公平ちゃんて仕事人間でしょ?いつも口癖のように、時間を守れって言ってたの。そのせいもあるんだろうけど、彼、仕事に妥協しないでしょ?そんな生活してたら、自然と身に付いちゃってね」

ひとみさんは柔和な笑みを浮かべながら言った。
なんとなく、父、そしてひとみさんの意外な一面を知った気がして、ボクは不思議な気分になった。

「駿平君、だけどね、公平ちゃんたらね、仕事から離れると時間を全然守らないのよぅ」

彼女は突然イライラしたような口調で話し始めた。

「だってヒドいのよ。『今夜9時に家に行くから』とか言っといて、来るのはいつも12時過ぎだし。用意した夕食もそこそこに、ヤることやって、さっさと寝ちゃう始末だし」

そう言って、彼女はボクをキツく睨んだ。

あの、なんか、父への批判の矛先がボクに向かっているのは気のせいでしょうか?

ひとみさんは、ため息を深くついた。

「その時なの。待たされることの寂しさを思い知らされてね。だって、今から会えるってワクワクしてても、全然来ないんだから。待たされて、寂しくて、愛おしい気持ちは、憎らしい気持ちに変わっていくのよ。楽しみにしてたことが、楽しくなくなるの。そんなの………イヤでしょ?だからね、私、人を待たせたくないから、時間は守るようにしてるってのもあるのよ」

照れくさそうに話す彼女の横顔を柔らかい春の日差しが包む。
その肌の白さが余計に際立つ。

ボクは、ひとみさんの父に対する深い想いを垣間見た気がした。
そのことは、ボクの心の底に、自分でも表現できない不思議な感情を芽生えさせた。