ねぇ佐希子さん、とくぐもった声が呼んだ。


「なぁに?」

「……バレンタインって、ほんと、日本から滅亡しちゃえって思いません?」


 いきなり物騒な単語が飛び出した。

 けれど佐希子は相手に見えないのをいいことに、失笑をちらつかせたまま顔を上げた。


「そうかしら。わたしはチョコレートが好きだから。この時期になるといろんなチョコが食べられて幸せよ」

「女の人はそうかもしれませんけどぉ……おーとーこーはー」

「それなら今からでもいい人を見つけなさいな」

「簡単に言いますよねぇ。自分だって独り身なのに」

「だからバレンタインも気楽に自分用のチョコレートが買えるのよ。――入った?」

「いやだから、それは女性の……いえ、じゃなくて、はい、大丈夫です」


 押さえていた脚立から下りてきて、根岸くんはやや離れたところから、佐希子宅の神棚を検分する。

 年末の大掃除の際、内側の掃除と一緒に拭き清めた戸のひとつがうまく敷居にはまっていなかったようで、先ほどいきなり落ちてきた。

 音に反応して飛び込んできた根岸くんの手を借りて、正しくはめ直しているところである。