「すみません。どちらで見かけられました?」
「そこの、水道の台の上に……」
指し示す方角から察するに、トイレから出てきたらしいその人は今夜唯一の予約客で、はじめて見る顔の男の人だった。
生まれつきなのか、癖なのか、絶えず眉間に力が入っていて、配膳中もずっと厳しい表情で佐希子を見てきた。
もちろん、今も。
「忘れ物かしら」
受け取ったのは、縁取りのされたタオル地で、ちいさな刺繍が施されたハンカチだった。
「さっき帰った人じゃないですか。グレーのコートの」
佳織さんだろうか。
お客がいつトイレに行ったかなんていちいち把握していないが、今日のお客はどういうわけか男性ばかりだった気がするからおそらくそうだろう。
彼女以外で、こんなかわいらしいハンカチを使いそうな男はうちのお客にはいない。
「そうかもしれません。わざわざありがとうございました、渡しておきます」
佐希子が笑いかけても、男はやはりむっつりとしたまま、元の席に帰っていった。

