「いらっしゃー……ああ、なんだ佐希子さんか。あんまり遅いからお客さんかと思っちゃいましたよ」
ふふ、と口角だけを上げて見せて、早とちりな根岸くんに応える。
「さっきのお客さん、ずいぶん顔色よくなってましたね。憂いが晴れたんでしょうか」
「それはね」
でも多分、肝心な問題はそこじゃない。それはあくまで屈託から派生した心の澱。
今は晴れても、一過性に過ぎまい。
「あれ、なんすかその含みのある感じ」
「女の子にはいろいろあるんでしょう。根岸くんが首を突っ込んだらいけないことよ」
「うへえー、なんだそれ」
「佐希、悪いが向こうのテーブルを片してきてくれ」
ゴンさんに言われ、佐希子は台拭きとお盆を手に、空いた席の片付けにいそしむ。
と、頭上に影が落ち、佐希子はおもむろに腰を捩りながら顔を上げた。
しかし相手の顔に行き着く前にその手に握られたものを目に留めて、あら、と背中ごと起き上がる。

