おいしい時間 しあわせのカタチ


 吉川さんは、東京のとある有名割烹で修行を積んだ後、縁あって枡屋に移ってきた。

 容貌は鋭く、また、放つ気も野生的ながら、繊細な手さばきと圧倒的センスを惜しみなく発揮して、目からも舌からも、お客を楽しませるのが得意だった。

 食材では、とりわけ魚の扱いに長けており、知識も豊富で、佐希子もさまざまなことを教えてもらった。

 次から次へと新しい料理を生み出す才能は神懸り的なものがあり、さすがは名店で鍛えられてきただけのことはあると、先代も一目置いていた。

 類稀な舌と感性はすこしの妥協も良しとせず、その姿勢には、こだわり飯などと銘打って勝手なことをやっている佐希子も少なからず影響を受けている。


「先輩は、より広く店の名前を世に知らしめるため、ホテルはホテルで駆け出しの店を後押しするっていう名目で、ずいぶん値を叩いて先輩を取り込んだんじゃないかと俺は思ってます」


 数日後の嶋工北寮の食堂。

 佐希子は三つ葉の処理を、丹後さんはもやしのひげ根取りをハイスピードでこなしながら、例の吉川さんの件について相談していた。


「その頃から経営が苦しくなってたのは事実みたいですものね」