デジャビュだろうか。

先程から幾度となく陛下とカイの剣がぶつかっている。一進一退だけれど、確実に陛下はカイがギリギリついていけるレベルで打っているし、カイもそれを理解して打っている。表情が少し悔しそう。そしてその光景に、私はなぜだか見覚えがあった。

どんな描写だったかとか、誰と誰の攻防だったとか、そういうのはわからないのに。何故だか懐かしく感じるのだ。

ここ最近、思い出せないことが多くて悔しい。記憶力は良いと自負してるのに。

そんなことを考えつつ、2人の攻防からは目が離せない。

『頑張って…!』

どちらを応援しての言葉かどうかはわからない。けれど何故だか、私の口からぽろっとそんな言葉が溢れた。自国語で、しかも少し子供っぽく。両手をグーにしてそのまま真上へ、そんなポーズをとって。

ああ、恥ずかしい…そう思った瞬間、陛下の身体がピタリと止まった。そして静かに私の方を見据える。

「………の、か?」

陛下が静かにつぶやく。けれどその声はあまりにも小さくて、私の耳には届かない。

「え…?」

私の声に、陛下はハッとしたような顔をした。そして無言で顔をそらした。

「…何でもない…」

まるで自分に言い聞かせるかのようにそういうと、陛下は静かにカイを見据えた。



***


『ーーーなんて、わからないもん…』

少女は困ったように笑ってそう言う。彼女が見据えるのはそこにいる誰か。けどぼんやりしていて良くわからない。

不確かな相手が何か言うのを待たず、少女は続けた。

『ーーーー』

なんて言っているのかは聞き取れなかった。けれど彼女は強く言い切った。けれどぼやけている相手は静かに首を振った。

『…お前が求めているのは…そんなものではなくーーー』

大事なところが聞き取れない。それでもその声はひどく安心する優しい声。

けれど少女はそうは思わなかったらしい。唇をぎゅっと噛んで悔しそうに押し黙っている。まるで図星をさされたかのようにぎゅっと拳を握り、下を向いて押し黙っている。

そこでようやく気づいた。この少女は私自身だと。

そして理解する。たぶん、これは私が“失った”幼い頃の記憶の一部だと…。


***


はぁ、と国王は小さく息を吐いた。それは長らく続いた手合わせ後、彼女が木に寄りかかって寝てしまっているのに気付いたからだ。

冬だというのに薄手のコートを羽織っただけの彼女は心底安心しきった顔で寝ている。

「主、どうするんすか?」

国王が横抱きにして連れて帰るのを期待する僕はにやにやしながら自らの主に問うた。

それに対し、国王は1つ息を吐くと静かに首を振る。

「お前に任せる。私は…そろそろ公務に戻る」

国王はわざと冷淡にそう言った。朝、自らの行動が原因で彼女を泣かせたことがかなり堪えている。そして、もう泣かせないために少し距離を置くことを決めていた。

「…仕事で忙しい人間がこんなとこに来るわけがない。珍しく言動がちぐはぐっすね、主」

珍しく怒気を含んだ僕の声はそれなりに国王を驚かせた。けれど無表情を貫き、国王は静かに問う。

「お前らしくもない。はっきり言え」

「…逃げんな」

僕の言葉に国王は息を飲む。

「…愛娘、自分が望むように生きなさい。たまには自分の意思を貫いたって良い。アルにも伝えなさい。僕は君たちの味方だ。諦めるな、抗え…とね」

ソラは静かにそういう。それは彼女の父親が彼女と、そして今目の前にいる主に伝えたかった言葉だ。

「……今ので全ての辻褄が合った…。全部分かった」

国王は静かに言う。どこか納得したように、けれど苦しそうに。すでに主の表情を読むのに長けている僕はすぐに理解した。

その上で、彼は国王自らの口から言わせるべく、尋ねるのだ。

「何がっすか」

「相変わらず、お前はデリカシーに欠ける…。伝言は受け取った。次会った時には悪趣味も程々にするように伝えてくれ」

国王は静かに息を吐くと、安心した顔で眠る彼女を見下ろす。

「…やはり…お前が…。……フウ」

それは、僕しか知りえない彼女の名。彼女が自分にはこれだけだと信じる唯一のもの。

それを国王は酷く優しく呼び、彼女の頬にそっと触れた。そしてそれが、全てを物語っていた。

「…伝えないんすか、何も」

「…私はこの国の国王だ。……窮屈な思いを、させたくはない…。彼女は王妃の座など望まないだろう」

国王はそっと彼女から離れる。そしてくるりと背を向け、僕に告げた。

「寝台に運んでくれ。そのままでは風邪を引く」

その、淡々とした言い方と静かな声に、僕はぎゅっと唇を噛んだ。そして誰の耳にも届かない小さな声で呟く。

「身分なんて、糞食らえだ」