陛下の命令があったのかは知らない。けど王妃の部屋に侍女や女官の方々は必要以上に近づかない。

だからドアが開き足音がした時には何事かと思った。

足音がするから陛下という選択肢は消える。けれどノックしないで部屋に入ってくる人なんているか?

すこしだけ不安になった私は寝台から出て様子を窺った。けれど寝室へと踏み込んできたのは紛れもなく陛下だった。

いつもはさらりと揺れる淡い金の髪はすこしだけ乱れ、息も少し苦しそう。

「どうしたの?」

「…寝ていろ。なぜ起きてきた」

はい?

「目が赤いな…」

へ?

「熱は…ないか」

私の顔を覗き込み、額を合わせ、陛下にしては珍しく忙しない。私は寝台へと追いやられ、寝かされた。まだ先ほどのドレスを脱いでいないのに。髪だって綺麗に編んだのに…。

「どうして…?」

「具合が悪いと聞いた」

え。カイ、本当に陛下に言ったの?怒られるの分かってるのに?

けど私が具合が悪いってだけでなんでこんなに急いで駆けつけるの?

そこまで考えてハッとする。そうだよ、私身代わりじゃないか。

“私のために仕事放り出して駆けつけてくれたのね、キュンッ”じゃない。身代わりに何かあればそれはミレイに何かあったと同じ意味になってしまう。早めに対処しないと国家間の問題になる。なんて責任感の強い人だろう。私は思わず感心した。

でも感心していられない。別に私の体調は悪くない。ただちょっと今は陛下と離れて、これからどう陛下に接すれば良いのかを考えたいだけ。

「…元気だよ。大丈夫。迷惑かけたくないし、仕事に戻ってね。寝てれば治るから」

私はせっかくセットした髪を解き、寝台に体を滑らせた。

けれど陛下は何も言わずにただ私を見るだけ。

「…俺の熱がうつったか?寒かったからか?」

困る。陛下は国王としての義務を果たしてるだけなのに。心配してくれて良い人だなって思っちゃう。

私は単純だ。陛下に優しくされると自惚れちゃう。少しは仲良くなれたのかな、なんて浮かれる。

私が陛下のことを好きなだけに、本当に。

「平気なの。本当に、そういうの、いいから」

出てきた声は自分でもびっくりするほどに冷たい声だった。

ダメだ。考えると、うまくいかない。そんなことを思いつつ、私は掛布の中で必死に目を閉じた。







結果、寝てしまったらしい。起きて時計を確認すれば午後6時を回ったころで、普段なら夕食の時間だ。けれどあんなことを言った手前、陛下と顔をあわせるのは辛い。

どうしようか、なんて思いつつ上体を起こすとなぜだか視界に陛下がいた。

王妃がゆっくりお茶を飲むために設置されたであろうお洒落なテーブルに、不釣り合いな書類の束を所狭しと並べ、なぜだかここで仕事していた。

「どうして…」

声を出すつもりはなかった。けれどぽろっとこぼれてしまったのだ。

陛下は書類から顔を上げなかった。けれど私の声は届いてしまったらしい。

「…体調が悪いかもしれない妃を放っておけないだろう」

目頭が熱くなった。

違った。私が寂しく思う必要なんてなかった。私に興味がなくたって、茶番に付き合ってくれてるだけだって良いじゃないか。

陛下はこの生活も悪くはないと思ってくれてるんだから。

だったら興味を持たれなかろうと同情だろうと、楽しく笑って過ごせば良い。相手にされなくても呆れられても、私はこの生活を楽しんでる。そして幸いなことに陛下も楽しいって言うんだから。ソラだって陛下は楽しそうだって言ってくれたんだから。

そう思うと鉛のように重かった気持ちがとても楽になった。

「ごめんなさい、カ、ソラの嘘なの。私がただ、陛下に構って欲しくて嘘吐いてもらったの。ごめんなさい」

私はその場で頭を下げた。ああ、きっと怒られる。呆れられる…。拳骨も来る…。

そう思っていたのに。陛下は何も言わなかった。けれどなぜだか無表情で私を見つめていた。

無表情なのに、その顔がひどく寂しそうにも悲しそうにも見えた。

「…なら良い。食事はどうする?」

「…軽いのを…ここに…」

陛下は頷くと、部屋を出て行ってしまった。