静かな執務室に、気配なく現れたのは自称“主の優秀な影”ソラだった。

先ほどまで国王を茶化して遊んでいた男はすでに姿形が見えない。ソラは自らの存在を無視して書類とにらめっこしている自らの主人を見た。

「主」

「なんだ。急ぎじゃないなら後にしろ」

このタイミングで大嘘かまして主人の仕事の邪魔をすればのち怒られるのは目に見えてわかる。けれど彼自身、身代わり王妃としてやってきた彼女のことは結構気に入っていたし、あんな顔させた主人を困らせてやりたいとは思っていた。だから自然な感じでその場に跪き、普段なら絶対に使わない綺麗な敬語を使って言ったのだ。

「…王妃様が」

そこまで言って彼は一旦言葉を止めた。こっそり主人の様子を確認すると、柄にもなく書類から顔を上げて言葉の続きを待っている。

「妃がどうした」

「体調が悪いとのことで。お休み」

お休みになりました、確かに彼はそう言うつもりだった。けれどそれは彼の主人が勢いよく立った際に倒れた椅子の音でかき消されてしまった。

部屋を確認すれば彼の主人はすでに部屋にはいない。彼はポカンと口を開けてただただ佇むしかない。

「何が“興味ない”だ。嘘つき」

自分のことを棚に上げて彼はそんな悪態を吐いた。