気づけば私はまたもソラに担ぎ上げられていた。今まで黙って聞いていたソラだけど、何か思うところがあったに違いない。

ソラはまっすぐに王妃の部屋に向かっている。方向的にたぶん間違いない。

「ソラ…?」

「俺は主の“影”だけど…姐さんの友達でしょ。友達が悲しそうな顔してるなら助けたいじゃん」

薄情だと思っていたけど、関わって知った。ソラはなんだかんだ良い奴だ。人の心に敏感でさりげなく手を貸してくれる。

「ねぇ、ソラ…この話聞いたこと、陛下に秘密にしておいてくれないかな…。隠密的には裏切りになる?」

「バカだなぁ、姐さん。姐さんは王妃なんだから、命令すれば良いじゃん。口を閉ざせ、何も言うなってさ」

「…バカはソラだよ…。言ったでしょ。私はただの無力なお嬢さんなの…。国王陛下の“影”に命令なんてできない。私は純粋にソラの友人として頼むの。ダメなら良い」

「良いよ。友人として黙っておいてあげるよ。開けっ放しであんな話をしてる2人が悪いしね。…ついでに姐さんは体調不良で寝たって言っといてあげるよ。王妃の部屋で1人で過ごしな?ちょっとは気分も楽になるでしょ」

「気分が楽に、ね…。なんで私、こんなに寂しいって思ってるのかな。別に陛下が私をどう思っていようと関係ないのに。それに、陛下が私を代理としてしか見てないことだって知ってたはずなのにね」

私は無理に笑って見せた。胸がズキズキと痛む。その理由を探しつつ、私は静かにソラを見つめた。ソラは困ったように笑うと、私の手をそっととって口づけを落とした。

「姐さん。言うの忘れてたけどすごく綺麗だ。攫ってしまいたいくらい」

ふざけた口調でソラはさらっと言った。励まそうとしてくれてるその気持ちが嬉しい。

「気を遣わなくて良いよ。ただ少し寂しいと思っただけなんだから」

「…主人が姐さんをどう思ってるかなんて主人にしかわからない。けど俺は、主人はきちんと姐さんを見てると思うし、姐さんが主人の奥さんになってくれてよかったと思ってる。そりゃ、代理かもしれないけど。姐さんと一緒にいる主人は今まで見たことないくらいイキイキしてるよ。主人がどう考えようと、今主人はすごく楽しそうだ…それじゃあダメ?」

ソラの言葉は、私の心に波紋のように広がった。ゆっくりと確実に染み渡る言葉に、私はとても救われた。

「ありがとう、ソラ」

ソラは静かに王妃の部屋の奥の…王妃の寝室への扉を開けた。そしてそっと私を寝台に下ろすと、満足げに私を見下ろす。

「俺は主の優秀な“影”ソラ。けどそれじゃ立場的に主寄りになっちゃう。だから俺と2人の時は俺をカイって呼んでよ」

ソラはへらっと笑って見せた。

「本名なの?」

ぽろっと溢れた疑問にソラは悪戯っぽく微笑む。

「ううん?本名の一部。愛称みたいなモンだよ。まあ、俺を本名で呼ぶ奴なんていないんだけどね。だから姐さんは特別。仕方ないから、主が姐さんを傷つけるなら俺が味方でいてあげる。頼もしいでしょ?」

「ふふっ。そうだね。じゃあ、私も。陛下にだって教えるつもりじゃなかった本名の一部、教えちゃう。いや、愛称だね。私も、父に愛娘って呼ばれてるし女王もバカ娘って呼ぶしで…こう呼ぶ人はほとんどいないけど…私はフウ。呼んでくれなくて良いから…覚えておいて?私が私でいるために、唯一持つものなの。だから誰かに知っておいて欲しい…」

私はそう言ってソラ、もといカイに左手を差し出した。この国では利き手で握手をする。武器を持ってないことを示すためだそうだ。だから私はカイに左手を差し出した。伝わると良いけど…。

カイは私の握手にちゃんと応じてくれた。

「じゃ?俺は主に、姐さんが倒れたって伝えてくるからね」

ひらひらと手を振りながら、カイは部屋から出て行こうとする。

「ちょ、ダメ!そんな子供めいた悪戯はしないの!陛下に迷惑でしょ!」

私はそう叫んだけど…カイはやりかねないから怖い。

カイも怒られるかもしれないけど…私も怒られるんだからね…!