「そう言えば熱は平気?」

ふと思い出す。怒りに任せてぷりぷりしてたけどこの人、病人だった。

熱を確認しようと前に乗り出す。けれど冷たい目をした陛下に額と首元を押さえられた。

「…ない。大丈夫だ」

視線を逸らし、こちらを見ないようにしている陛下はどこかあやしい。絶対なんかある。

「…あやしい…」

「ない」

私は、私の首元を押さえる陛下の手を掴みぐいっと前に押す。

「ねえ、ちょっと確認させて?」

「…わざわざ額を合わせる必要がないだろう。せめて手にしろ」

手よりも額の方がわかりやすいからそうしているのに。今までそんなこと言わなかったから突然言われれば気になる。

「なんか、必死にこっちを見ないようにしてない?すごく気になるんだけど」

「…お前は…いや、とりあえず座れ」

陛下に指示され、仕方なく座る。けれどやっぱり腑に落ちない。

「本当に本当に…熱はないの?」

「ああ」

「でも今日はまだ休んでいたら?ただでさえ私が来てから慌ただしくて疲れてるんだから」

「国王が疲労で休むわけにはいかない。大丈夫だ。二日間きっちり休んだからな。それよりお前はどうするつもりだ」

「今日はバイトないの。孤児院に行くか…お城で静かに過ごすか…まだ決めてない」

「それなら……今日は付き合ってくれないか?」

陛下がひどく言いにくそうに私に提案する。私に頼む…これはかなりレアだ。心して陛下の提案を聴かねば。

「公務でもあるの?」

「いや…皇太后が会いに来いとうるさい。だが俺はできる限りあの人に会いたくない。お前に一緒に来てもらえると助かる。向こうもお前に…正確には“王妃に”会いたがっている」

出ました。フラグだよね。こういうのって大抵姑にいびられるんだよね。

“私の大事な息子の嫁がコレ!?”みたいな。でもこういうのってミレイの役目では?

2人を待ち受ける大きな試練→苦しむ2人→支えあって乗り越える→そして深まる絆…って言うのじゃないの?私が乗り越えるべき試練じゃないよね!?

「…私で、良いの…?」

「…ああ。嫌なら良いが」

珍しく陛下の歯切れが悪い。相当会いたくないと見える。

しかし、だ…陛下は“お前に来てもらえると助かる”と言った。と、いうことは私でも陛下のお役に立てるということで…。日頃お世話になっているお礼を少しでもできるのではないか。

いびられると決まったわけではないし…私はあの面倒な父や性格の悪い女王と、かれこれ18年も付き合ってるのだ。下手をすれば余裕かもしれない。

「行く。でも…突然行って平気?そもそも皇太后様はどこにいらっしゃるの?」

「セルベンティア宮殿だ」

「…遠いね。馬で2、3時間ってとこ?」

「ああ。お前なら問題ないだろう?」

「うん。全く問題ない、と言いたいところだけど…私の愛馬はここにいるかな…。ミレイの愛馬は私のこと嫌ってるから乗せてくれないんだよね…」

「最悪、他の馬で良いだろう」

そう言って陛下は今にも行こうとせんばかりに立ち上がる。面倒ごとはとっとと済ませたいのだろう。

「待って。着替えは?こんな格好で皇太后様に会うわけにはいかないでしょう?」

「向こうにいくらでもある。行くぞ」

陛下はそう言って私の手を取った。幸い、今日も色気のないズボンを履いている私はこの格好のままでも馬に乗れる。着替える必要などなかった。

「うん…。皇太后様…会えるのが楽しみだね?」

「…身構えておいた方が良い」

陛下が面倒くさそうに溜息を吐く。嫌なときの癖なのか、前髪を掻き上げるその仕草が美し過ぎる…けど…どうしよう。私、もう行きたくない…。

「…フォロー、よろしくね?」

「……余裕があればな」

どうやら凄まじい相手が出てくるみたいだ。