およそ15分。到着したのは想像していたのとは違う、控えめなお店だった。

店内は清潔に保たれているものの、結構歴史のある建物のように思える。

けれど並べられたドレスはどれも手の込んだ素敵なもので、作り手の丁寧さと仕事に対する真面目さが伝わってくる。きっと、ドレス作りが好きなのだろう。素直にそう思った。

「ステキなお店…」

ボソッと呟いた私に、陛下は少し意外そうな顔をした。けれど、少しだけ嬉しそうに小さく頷くと、私の手を引いてお店の中に入る。

「いらっしゃいませ」

迎えてくれたのは人の良さそうなおじ様。それと人の良さそうなおば様。おそらくご夫婦でお店をやっているのだろう。

「あらまぁ、アル坊っちゃま」

嬉しそうに顔を綻ばせるおば様に対して、私はぽかんと口を開く。

「ぼっ」

坊ちゃま!?そう口にすることは叶わなかった。陛下の強烈な拳骨が落ちてきたからだ。思わず頭を押さえて蹲る私を無視して、陛下は淡々と挨拶をかわす。

「ご無沙汰しています、エレナリー殿。お伝えした通りです。これが妻の…」

そう言って陛下は私の方を向く。私はと言えば拳骨のダメージがまだ完全には癒えてない。けど挨拶しなくては。

「初めまして。ミレイと申します。…陛下の…あの…」

先ほど素を出してしまったから挽回すべく、できるだけ可愛らしいお嬢さんっぽく顔を赤く染めて俯く。妃としてしっかり挨拶しないなんて、と自分でも思うけど、双子だからわかる。ミレイなら絶対こうなる。

「まあ!あのアル坊っちゃまがこんなに愛らしい奥さんを連れてくるなんて!では今日は奥さんにドレスを?まあまあ」

恥ずかしい。こんなあざとい娘を演じている自分が恥ずかしい。穴を掘りたい。

「こら、お前。ミレイさんが困ってしまうだろう」

今まで黙っていたおじ様がおば様を諌める。恥ずかしい。なんて恥ずかしいんだろう。

「そ、そうよね。私ったら…ごめんなさい。」

赤い頬に手を添え、首を傾げるおば様は可愛らしかった。私とは違う、本物のお嬢さんだったに違いない。今は素敵なおば様だけど。

「何か希望はあるかな?」

「…色だけ希望を申し上げても良いでしょうか」

「勿論。どのような色がご希望かな?」

「できれば淡めの…ピンクや黄色のドレスが良いのです」

これは当然ながらミレイの趣味。ピンクも黄色も綺麗だとは思うけど私の趣味じゃない。

どっちかって言うと私は自分の目と同じ、青系の色が好きなのだ。けれど“ミレイ”としてお披露目される以上、中身も全部ミレイでいなければいけない。

本当は入ってすぐ右に見えた、マーメイドラインのドレスがステキだと思った。淡いブルーのそれは、若干胸元があいているものの、控えめなレースが施された綺麗なものだった。ドレスがあまり好きではない私ですら、着てみたいと思えるほどの素晴らしいものだった。

まあ、ミレイは胸元が開いているのを好まないから、着られないのだけど。

「他に希望はないの?注文はつけてくれたほうがこちらとしてもありがたいのよ?」

おば様が優しく微笑む。こういう人の笑顔に、私は弱い。そして罪悪感を覚える。こんなに陛下がお嫁さんを連れてくることを喜んでくれる人達を私は騙してる。

胸が痛む。けれどチクチクとしたその痛みを無視して、私は小さく微笑む。

「じゃあ、もう少しだけ。できれば胸元が隠れるようなものが良いのですが…。今の流行が私にはわかりませんから、できれば陛下の隣に立っても恥ずかしくない、今流行りの型にして下さい」

「まあ!アル坊っちゃまは本当に素敵な方と結婚するのね!ふふ。アル坊っちゃまはとても素敵だから、少しでも素敵なドレスを着たいのよね?愛ねぇ」

恥ずかしい。なんで私はこんなにいたたまれないの。

ていうか何、え!?愛!?はたから見ると私は陛下を愛してるように見えるの!?恥ずかしすぎる!

先ほどから何も言わない陛下をチラッと横目で見ると、陛下は目を閉じて腕を組んでいる。

その姿も絵になるけど先ほどので懲りたのでじっと見ることはしない。

ただフォローが欲しい。何か言って!私を1人にしないで!

「アル坊っちゃまは?ご希望はありませんか?」

「…いえ、特に。彼女に似合えばなんでも…と言っても彼女ならなんでも着こなしてくれると思いますが」

少しだけ柔らかく微笑んだ陛下に見惚れかけるも、私はすぐに言われたことを思い出す。

“なんでも着こなしてくれると思いますが”そのフレーズを頭の中で反芻する。

どうしよう。恥ずかしい。綺麗な女性ならそう言われて自信を持つのだろうけれども。私のようなちんちくりんをつかまえて何を言うのだ。

私は思わず俯いた。顔が熱い。頭から湯気がのぼっているのではないかとすら思う。

「まあ、熱々だこと」

そう言っておば様は笑う。

“じゃあ、サイズを測りに行きましょうか”そのおば様の言葉がすごくありがたい言葉に聞こえた。ここはいたたまれない。

「い、いってきます」

なんとなく陛下にそう言えば、陛下は少し驚いた顔をした後、少し微笑んで、行って来いと言ってくれた。

演技でもちょっと嬉しい私は、たぶんどうかしてる。