珍しく私の元にやってきたシャーレットの女王は片手に薙刀を持っていた。

書類整理やきらびやかな社交界に出るよりも身体を動かすことを好む彼女にとって薙刀とはペンよりもしっくりくる相棒らしい。

意地悪そうな顔と相まって超怖い。女王というよりは地獄の番人といった様相だ。

当然のことながら、屋敷の裏庭で読書をしていた私は薙刀に対抗できる武器なんて持ち合わせていない。

とりあえず持っていた本を盾に、じりじりと後ろに下がり、大嫌いな女王を睨みつけた。

「ふん。及び腰になっているぞ?妾の娘らしくもない。ミレイよりお前の方が、妾の性格を受け継いでいると思っていたがな」

向かってこないなど情けないことだな?と首をかしげながら煽ってくる女王の言葉をまるっと無視する。

「…姉と父はいるけど……私に母親なんていない」

この国では双子というのは外聞が悪い。故に私は隠されて育った。
幸いなことに父は母と結婚して王になるつもりなど最初からなかったらしく、私達が生まれても自分の屋敷で自由にしているので、私を匿って育てることは容易だった。外聞を気にして私を隠した女王なんて母と思ったことは一度もない。

隙あらば逃げるつもりでいる私だけど残念ながら武術に精通しているこの女王に、そう簡単に隙なんて生じない。
おそらく、私を殺すつもりなんてないだろう。けれど、良からぬことを考えていない限り薙刀なんて持ち出さないだろう。

そもそも娘だと言い張る私に対して薙刀を向けるってどうなの。いや、常識なんてこの女王には通じない。それよりもどうやって逃げよう。

逃げる策を講じるべく頭をフル回転させる私に女王は問答無用で言い放つ。

「ふん。まあ良い。妾はお前に話があってきた。そう緊張せずとも良い、聞け」

話、それはもう提案ではなく決定事項。この屋敷にいるということは父の了承を得ているわけで、父は頼れない。どうやら逃亡しか手段は残されていないらしい。逃げなければ私はとんでもない目に遭わされるに違いない。

せめて私の左手にあるのが5センチ程度の厚さしかない本ではなく短剣だったら、なんとか隙を作り出して逃げることだってできただろうに。

「私はあなたに話なんてないし、聞きたくもない。帰っていただきたい」

必死に虚勢を張って告げた私を女王は鼻で笑った。

「お前もわかっているだろう。これは決定事項で急を要する。お前にはミレイとして隣国へ行ってもらう。期間は一月、出発は」

女王の話の途中で、体がガクンと揺れる。首に手刀を受けたと気づいたときにはすでに手遅れで。辛うじて残る意識で私は「今、この瞬間だ」という女王の声を聞いた。


そして意識を取り戻した私は純白のドレスに身を包み、化粧を施され、檻に繋がれていたのだ。