キラキラし過ぎていない服に着替え、共通の寝室に戻った私はそこで奴を見た。

陛下の後ろに控え、静かに佇んでいるのは、昨日般若のような陛下から真っ先に逃げたあいつだ。

大きめの濃い青の目が私を捉えると人懐っこい笑みを浮かべる。

けど騙されない。こいつは結構薄情なのだ。私はじっとその青年を睨みつけた。陛下の冷たい視線を感じるけど無視だ、無視。

「ソラ」

陛下が青年に促すと、青年は一歩前に出る。

「昨日ぶりッス、奧さん。俺はソラ。ここにいる主の有能な影ッス」

「護衛対象に気配を悟られるような影が有能だと?冗談を言いたいなら別の場所にしろ。笑えん」

陛下の嫌味が炸裂し、ソラと名乗った彼はうっと気まずそうに声を上げた。

どうやら陛下の嫌味は誰相手でも炸裂するらしい。きっと友達少ないないだろうな。陛下。

私が心の友になってあげても良いよ、とか言ったらきっと怒られる。

影とは陛下の隠密だ。選りすぐりのエリートだけを集めた、陛下の懐刀。裏切るような真似は絶対にしない、信頼できる精鋭なのだ。

これはちょいと胡散臭いけど。

「その胡散臭い敬語はいらない。それと、私のことを奧さんと呼ぶのはやめて。なんかこそばゆいし。私がミレイじゃないのは知ってるでしょ」

その言葉に、ソラは首を傾げる。じゃあなんて呼べば良いのか、そう言われている気がした。

「そうね…陛下が“主”なら私は“お嬢”…?いや、お嬢も問題か。なんか違うね。…ソラ、貴方いくつ?」

「…15っスけど…」

その返事に私は一応安堵する。あまり気を遣わなくてよさそうだ。まあ、これで“20代です”とか言われたらそれはそれで陛下に対する嫌味のチャンスだ。随分と落ち着きのないオトナですね、って言ってやるのだ。ふふ。

「そう。なら私のことは“姐さん”って呼んで。1度で良いからそういう風に呼んでもらいたかったんだよね。私、妹だから年下の兄弟ってあこがれてて。あ、その胡散臭い敬語はいらないから」

胸を張って言う私に、ソラは瞬きを繰り返すばかりで何も言わない。

「どうしたの?」

「…主」

「…なんだ?」

「随分変わったお嬢さんをお妃にもらったんすね。貴族どころか平民のお嬢さんでもここまで変わり者は稀っス」

「…生粋のお嬢様を護衛するよりはやりやすいだろう?それとも、タヌキの監視に戻りたいか?」

「とんでもない。何が面白くてタヌキの監視なんて…」

「仕事は先ほど伝えた通りだ。良いな?」

「御意」

ソラはそう言うと陛下に跪く。やはり影なのだな、と密かに納得し、陛下を見た。

「ありがとう」

「…礼を言われるようなことはしていない。今日もあの店か?」

「ううん。今日は孤児院に行くの」

「孤児院?」

陛下は少し目を見開く。“なんで妃がそんなところに出向く”という嫌な感じではなく、純粋な興味なのが分かる。

やっぱり私はこの人が好きだなぁ、なんて思いながら私はにっこり笑う。

「院長が私の恩人なの。大好きな人で、人手不足だというからたまに足を運んでお手伝いするの」

「そうか。…院長はお前の正体を知っているのか?」

「うん」

「ソラが共にいるなら行動の制限はしない。…楽しんでこい」

何度聞いても陛下のその言葉は嬉しくて仕方ない。

「ありがとう。じゃ、行ってきます、陛下」

そう言った私の声はやはり弾んでいた。単純過ぎて恥ずかしいけど、陛下には私の気持ちは知ってほしいから良い。

私の感謝の気持ちが少しでも伝わると良いのだけど。

「…朝食は?」

「食べ歩き、っていうのも良いんだよ。じゃ、行ってきます!」

扉の前まで行った私はくるりと振り返って陛下を見た。陛下はただ私を見ているだけで何も言ってくれない。

「…行ってきます、陛下!」

私は“行ってらっしゃい”という陛下の返事を期待して少し声を大きくして陛下に言った。

「…ああ」

まだこれが限界らしい。でも一月の間に陛下の絶対“いってらっしゃい”を聞きたい。

…聞けたら良いなぁ。