冬なだけあって薄暗くなるのも早い。

日は傾き、寒さも厳しいとなれば出歩く人も減る。そのおかげで10分ほど逃げただけで誰もいない空き地に辿り着けたので、私は剣を鞘から出して追いかけてきた人と対峙した。

ぴょこぴょこと跳ねた黒髪の、私と同い歳くらいの青年…それが追いかけてきた人の正体だった。

身長は私より少し高いくらいで、さほど変わらない。まだあどけなさを残すその顔はどう見ても悪人には見えない。どっちかっていうと悪戯っ子とかそんな感じ。綺麗とかイケメン何て言葉よりも可愛いが似合う青年だ。

「奥さん、逃げ足速過ぎっス!」

唐突に口を開いたかと思えば、心底困ったようにとんでもない単語を発した。

「は?オ、オクサン?」

私は首を傾げるも、彼はただ怯えたようにこちらを見るだけで何も言わない。

何で怯えてるの?聞こうとした私だけれど遮られた。

「愚か者」

そんな不機嫌な言葉と共に、私の頭に何か落ちてくる。悲鳴をあげる間もなく私は顔から地面に倒れた。

「ひっ!あ、主、容赦ないっすね…」

私を追ってきた青年の声が聞こえる。愚か者という声、私を“奧さん”と呼んだ人に“主”と呼ばれる…その条件二つで私にゲンコツを落とした人物が誰か分からないはずがない。

「いったいなぁ…。もうっ!女の子になんてことをっ!」

恨みがましい目で見ようとした私は陛下の冷たい視線で縮こまる。めちゃくちゃ怖い。彼が怯えるのもわかる。

「ふん。人から剣を奪取して逃げた”女の子”が言うことか?しかも国王の“影”に戦闘を仕掛けると?」

身体の芯から凍りつくような声にゾッと鳥肌が立つ。これはやばい。結構本気で怒ってるらしい。現に私を追いかけていた青年はすでに姿形もない。

あいつ…次会ったら、お前の方が逃げ足が速いと一言文句言ってやる…!

「いや、だって、あそこで問題を起こすわけには「外出する際の俺との約束は建物から出ないことだったはずだ。大方、王妃を狙う人間だと思ったのだろうが…護衛をまこうとするとは何事だ。なんのための護衛だと思っている。そこに座れ」」

私は渋々、陛下の目の前で正座をする。空き地で正座させられるなんて、18年生きてるけど初めての経験だ。

陛下、言葉遣い崩れてますよー、とか言いたいけどさすがにこのタイミングで言うほど空気読めない私ではない。

「今回は敵でなかったから良かったが…本当に敵だったらどうするつもりだ。剣を持ってる人間がいつも近くにいるとは限らない。いや、そもそも剣を持っている人間が近くにいたとして剣を奪取するのはどうかと思うが」

「あの…。ごめんなさい、剣、勝手に持って行って…」

私は剣を陛下に差し出す。すごく手入れされた綺麗な剣だった。勝手に持っていかれれば怒るのも当然だ。しかも昨日から迷惑かけ通しの面倒な小娘相手ならなおのこと。

「はぁ…。違う。俺はお前をし…いや……サポートすると言ったはずだ。お前が妃代理として、俺の妃を務めるというのなら…俺は、そのお前が快適に過ごせるように助けてやる義務がある」

陛下の言葉を嬉しく思いつつ、気になる。俺はお前をし…何だろう。“し”って。心配してくれたのだろうか。いや、そんな自意識過剰甚だしいこと思っちゃいけない。きっと“死なすわけにはいかない”だろう。

私を死なせたら世間一般にセレストの王妃が死んだことになってしまうのだから。

「でも、代理をたてるのはこちらの都合だし…。陛下がこちらの都合で心乱されたり、カフェに来なきゃいけなかったりするのは…また別というか…」

「だからか?」

「え?」

「俺がいるときは俺を頼れば良い。何が悲しくて守るべき対象に守られなくてはいけない」

「え?」

「お前には自由にいさせてやりたいと思う。言いたいことは言え。困ったら話し、相談しろ。…そうやって…この国にいる間は俺を使うと良い。世辞や機嫌取りなどではなく、心の底からこの国が好きだと言ったお前を、この国の王が縛りたくはないのでな」

そう言って困ったように、少しだけれど笑って見せた陛下の顔があんまりにも優しくて…私の目から思わず涙が溢れた。

「…ありがとう。…本当に、ありがとう」

涙で濡れた顔はさぞブサイクだろう。少なくとも美形過ぎる陛下の隣に並ぶにはあまりにも残念すぎるに違いない。

それでも私は自分の気持ちを伝えたくて笑顔を作った。

きっと、はにかみすぎてブサイクがさらにブサイクだろうけど。

陛下にはそんな私も含めて、知ってもらいたいと思ったのだー。