「フェニックス…」
フェニックスの周りには、色々な紙が散らかっていた。
四方八方に、大量の紙。
「…」
机に積み上げられた紙の束から一枚引き抜いて、フェニックスは熱心に絵を描いていた。
さすが、天才なだけあって。
それは気味が悪いほど写実的だった。
「…」
散らかった紙に描かれていたのは、ホセ、ホセ、ホセ。
狂ったように、フェニックスは絵を描いていた。
「…」
「フェニックス…」
「邪魔すんな!」
フェニックスは呻いて、そういった。
「忘れたくない…忘れたくないんだよ…!!」
思い出を、覚えている限り全ての思い出を、フェニックスは記録しようとした。
文字と絵と。
「忘れたくない…っ!」
何度でも、描いてやる。
何枚でも、描いてやる。
ホセの記憶を、留めることができるなら。
物も食べず夜も眠らず。
フェニックスは描き続けた。
でも、その絵も段々と精彩を欠いていく。
服の色、体のバランス。
次第に顔も忘れていく。
3日後には身長もおぼろげで。
1週間後にはもう、あの綺麗な髪色すら、不安げに歪んでいた。
「…うっ、うぅっ…」
一ヶ月経ち。
フェニックスは泣いていた。
「あぁぁぁ…いや、いやぁぁぁ…」
グッタリと倒れ伏し、もう形にならないホセを見つめて。
「ホセ、ホセ、ホセ…誰なの、誰なの…忘れたくないよ、君は誰なの…」
「お前の、大事な人。」
「女の子?」
「ううん、男。お前と同い年の、すっげー綺麗な。」
「…」
大事な人だったんだね。
絶望的に、フェニックスはそう泣いた。
一ヶ月と1週間後には、フェニックスはただ泣いていることしかできなかった。
「分からないんだ、ねえキング。俺は誰をこんなに愛してたの?」
「ホセっていう男の子だよ、すっごいかっこいいんだ。」
「何で別れちゃったの?その子は俺のこと嫌いになったの?」
「違うよ、その子は、ホセは、自分の居場所を見つけたんだ。」
「ねえキース、俺忘れたくないんだよ。」
「…」
「何で忘れちゃうの?ねえ、何で…」
さめざめと泣くフェニックスに、キースは混乱していた。
一ヶ月。
たった一ヶ月と1週間なのに。
何より大切だったホセの名前すら忘れてしまった。
「病気みたいなもんだよ。」
キングはキースにそう言った。
「フェニックスは人を個人として記憶することができない。毎日家族みたいに一緒にいりゃ別だけど、顔も合わせてない奴は名前すら忘れる。」
「…そんな。」
「だからアクアとも定期的に会ってるだろ?忘れるから。」
部屋に閉じこもって出てこないフェニックス。
必死で眠るまいと、何度も切りつけた身体は傷だらけで血塗れだった。
それでもふっと眠る度、その代償にまた、何かの記憶を失うのだ。
泣いて、泣いて。
忘れる度キースが教えるホセの名前を繰り返しても、段々と機械的になっていく。
何故、忘れたらいけないのか。
絶対に忘れないというその意志だけが残り、二ヶ月が過ぎた頃にフェニックスを狂わせた。
「ホセ…ホセ、ホセ、ホセ、ホセ、ホセ、ホセ…」
君は誰なの?
君は何なの?
フェニックスはうわ言のように繰り返しながら、二ヶ月前に描いた絵をじっと見つめた。
「フェニックスの大事な人だよ。」
フェニックスは、ただ泣いた。
何故泣いているかも分からず、泣いた。


