オリオンは、律儀に練習していた。
ちゃんと目を合わせられるように、他のものを見ているゼウスの瞳をじっと見つめる。
でも見ればみるほどどうしても逸らしてしまう。
あんなに綺麗な瞳を、まるで自分が穢しているようで。
カフェテーブルに座って、頬杖をついていたゼウスにオリオンは声をかけられた。
「ん、オリオン。」
「はい。」
「こっち、来て。」
「はい。」
近づいていくと、椅子を指差されて座るように促される。
「ここ。」
「はい。」
目を閉じて眠っているように見えるゼウスに、オリオンは俯いていた。
「ねえ、オリオン。」
「はい。」
「俺のコト、嫌い?好き?」
「え…と…」
「…いいよ、嫌いって言って。」
「ち、が、嫌いなんじゃ、なくて、違くてっ…!」
「…嫌いって言って、オリオン。」
「違」
「命令だ、言え。お前のこと嫌いだって。」
「…き、らい、です。ご主人様、嫌いです。」
「じゃあ俺といたくないの?そうだろ?」
「えっちが…俺…」
「いたくないって言えよ。」
「…は、い…いたく、ありません…」
「そっか。じゃ、さよならな。」
淡々と告げられた言葉に、オリオンは珍しく狼狽えた。
「えっ、あ…はい…さようなら…あの、荷物をまとめてきます…」
「必要ないよ。でてくの俺だから。」
「え…」
オリオンは立ち上がろうとしたが、またストンと腰を下ろす。
「今すぐ。」
「!」
立ち上がったゼウスに、オリオンは固まった。
今すぐ、って。
ここは真空、予備の船も今はないのに、今すぐ降りる、ってことは…
でも、それを止める権利は俺にはないし、ご主人様の意思を尊重することが俺の仕事だし…
でも、でもいいのか?
分からない、何が正解なんだろう?
「あ、ご主人様、待って…待ってどういうこと…」
「死ぬの。」
「!」
動けない、体が動かない。
どうしよう、死んでほしくない、でも止めていいの?
ご主人様を失いたくない、優しいご主人様を失いたくない…
でもそれって俺の勝手?
奴隷風情が、ご主人様の意思に異を唱えていいの?
オリオンはゆっくり歩いた、ゆっくりと、本当にゆっくりと。
止めて欲しいの?
それが暗黙の命令?
どうしよう、どうしよう分からない…
「…あ…」
思考はどうやったら正解かばかり探している、でも結局最後は堂々巡りの繰り返し。
ぐるぐるたらい回しが止まらない、もうおかしくなりそうだ…
「…ねえ、オリオン。」
船縁に立って、ゼウスはオリオンの方を向いた。
「…本当に、俺に死んでほしい?」
「!」
たった一言、それだけなのに全ての均衡が崩れ落ちた気がした。
「…あ…」
数式はたった一つ数字や記号を書き加えられるだけで難解にも単純にもなるというが、まさにそれだった。
言わなきゃ、死なないでって言わなきゃ…
パグった、というのが正しいだろう。
「う、うあああ…」
頭の中がとにかく真っ白で、訳が分からなくなって、脳のキャパティシーを跳ね上げて溢れた。
意識なんて到底持たず、一瞬で壊れて消えた。


