さて、セレンが目覚めたのは翌朝の午前3時。
睡眠は驚異の30分だ。
定刻通りの起床だが、いつもと違いここは居住地。
のんびりするかと思いきや、セレンはしかし左手の薬指の指輪を軽く振った。
たちまち現れた複数のパネルに、セレンは次々に指示を送る。
左手の薬指。
ここに特別な意味があることは知っているが、セレンは敢えてそこにコントローラーをつけていた。
この先自分は、決して恋はしない。
不幸な命を生まないため。
決して結婚はしない。
勤め、親のいないセレンが所属する研究所は、セレンの優秀な頭脳を後世に遺したがっていた。
ルスタミアス…つまり人間界とDeath-pranetを隔てて反対側の宇宙…の住人は誓いの鎖を対にして祝福の鉱石に差し出せば勝手に子供が出来る。
しかし幾度となく勧められた縁談は全て断った。
セレンが研究所の命令に逆らうのは、これだけだった。
「Nさん、お久しぶりです。」
『ああジュエル君か。久しいな。ゼロに代わるか?』
「いえ…ゼロさんはお元気ですか。」
『ああ、元気だ。』
そうですかと口の中で答えて、セレンはふぅと息を吐く。
ゼロとは研究所にいる元人間のアンドロイドだ。
セレンとは仲がいい。
互いの関係については少なからずすれ違うところがあるようだが。
「メールが来ていたので、連絡をと。」
『ああ…気にしなくてもいいぞ。建前だ建前。頼まれたから送っただけだ。』
「…すみませんでした。」
Nもとい所長もセレンが頑なに婚約を断り続けているのは分かっているので、謝罪に苦笑いで答える。
『君は色々考えすぎだ。君が思う程人間は複雑じゃないぞ。単純でもないが。』
「…Nさんのおっしゃることは俺には難しすぎます。」
『だろうね。ところで仲良くやっているのか?』
「…仲良く…」
『ほら、金髪君だよ。金髪君達だ。』
「…トラブルはありませんでした。」
『今あるのか?』
「いえ、これからあるんです。」
Nはそうかと一言そう言った。
『大事にな、ジュエル君。』
「はい。」
無機質な返事。
セレンはゆっくり目を閉じた。
「…」
セレンは日記のような仕事と訓練のような勉強をして、ミューズが起きてきたのが6時を回ったところだった。


