ヴィセーブが半泣きになってから数分が過ぎた頃、遠慮がちなノックが聞こえた。
最も、聞こえたのはフェニックスとヴィセーブだけのようだったが。
「先輩だぁっ!!」
脱兎の如く蜘蛛の子を散らすように電光石火のスピードで疾風迅雷。
吹き飛ばしかねないスピードで玄関の裏口を開けると、ぴょこっと尻尾と獣の耳が飛び出た。
「会いたかったよ、先輩っ!!」
「おいヴィス!ちょっとそこどけ!」
応えたのは背の高いガタイのいい男で、なぜなら彼がセレンを背負っていたからだ。
「…すみませんミューズ先輩…ゴホッ…油断していて…」
疲れ果てたような声でそういった、乱暴に麻布を巻きつけられたセレンの細い両腕には、やけに大きく見える黒い手枷。
むき出しの両足には、大きな鉄球を2つづつ付けられていた。
「先輩…酷い…っ」
「毎度のことで泣くなヴィス。」
セレンはそう言いながらもミューズの背中にすがりついていた。
「大丈夫か、ロス?」
「…平気だ。」
言葉とは裏腹に、目を閉じたままセレンは動かない。
「おいセレン?一体どうしたんだよ?」
「知らないのか?この星は」
「光と闇が交差する、ですか。」
「ん、お嬢ちゃんは魔界から来たのか?」
ミューズは微笑んでそう聞いた。
アクアは謎の人見知りを発揮して、キースの後ろに隠れている。
「そう、ここの身分は画一化されててな?華族、平民、隷族ってな具合に。」
この家は表は華族が住む高級住宅街つか通称華族街に面してて、反対は隷族が住んでるスラム街に面してるんだ。
スラム街の向こうに平民が住んでる住宅街もある。
隷族に人権は認められてないんだ。
暮らしも色々規律がある。
誘拐、監禁なんてのももう普通だな。
家屋に入るには許可を得なくちゃいけないし。
「ちなみにヴィスは華族。俺が平民でロスは隷族なんだ。」
往来は禁止されてねーからな。
とミューズはいった。
「せんぱい…」
「ヴィス。」
ベッドに寝かせられたセレンを、ヴィセーブは心配そうにペロペロ舐めている。
「ヴィス…」
無表情ながらも迷惑そうにセレンは呻いて、半身を起こした。
「ほら、膝いいぞ。」
セレンは意味深にそう言って、ポンポンと二度腿を叩く。
「っっdykvzdっkcdすl!!」
と狂喜したヴィセーブがグイと背筋を丸めると。
「!」
両手にはモサモサと毛が生え。
腰のあたりにふわりと生えたこげ茶の尾をふぁさりと揺らす。
おもむろに顔を出した両耳に、髪色も微かに暗くなる。
その上全体に少し縮んだヴィセーブは、セレンの腿に飛び乗った。


