「聡史、晩御飯出来たわよ」
「ああ。今行くよ」

 彼はテレビを消すと、料理が並べてあるテーブルについた。
 彼女は料理上手だった。
 付き合い出して間もないデートの時から、よく弁当を作ってくれたものだ。
 彼女と知り合ったのは二十四歳になる年の春だった。
 まだ若かった彼は、陽一と一緒に合コンに出かけた。
 そこで意気投合して、付き合い出したのが彼女だった。

『俺は今、彼女とこうして一緒に暮らしている』

 そう思った時だった。
 彼の中に一つの疑問が浮かび上がる。

『俺は、彼女と何で結婚してないんだろう・・・』

 彼女と出会って八年の月日が経とうとしていた。
 一緒に暮らしているのに、結婚もしていないし、子供もいない。
 彼女を愛しているはずなのに、これは一体どういう事だろうか・・・。
 その思いが強くなって来た時、玄関のチャイムが鳴った。

「洋子、誰か来たみたいだよ」
「出なくていいわ」

 再びチャイムが鳴る。
 ガチャガチャとドアノブを回す音がした後、外で人の声がした。
 彼は声のする方に近づいた。

「奥さん、やっぱりここにはいませんよ。電気もついてないし、帰りましょう」
「でも平山さん・・・」
「ママ、パパはこの中なの?」

 彼は、聞き覚えのある声だと思った。
 それに、男の声は昔からよく知っている陽一のものだ。

「俺は・・・」

 彼は思い出した。
 札幌から出張でこちらに帰って来て、陽一と一緒に酒を飲んだ。

「洋子、俺行かなきゃ・・・」
「行かないで、聡史。お願い、ずっとここにいて」
「駄目だ。俺には妻と娘がいる。愛する家族がいるんだ。それに・・・」

 彼は、鍵を開けるともう一度彼女の方を振り返った。

「君はもう、この世にはいないんだよ」

 彼はドアを開けた。

「あなた!」
「パパ!」
「聡史!」

 彼は、三人の元に戻った。